きになるサークル・同人誌

出店サークル一覧をざっと眺めて気になるのをピックアップしてみました。なんか抜けがある気がするんだけど既に20サークル超えてて…目についたのも買ったりすると…どどど、どうしよう…お金が…

僕の折り本の内容はまったくないよう

きょう、おふくろが死んだ。ついさっき実家から電話がかかってきたのだ。もう夜もおそい。通夜にはまにあわない。今日はとりあえず眠ろう。そしてあすの午前中には東京を発たなければならない。ぼくはとりあえず歯をみがいた。血がにじんだ。ぼくはまだ死んでいない。
一人だけ別れを告げなければならない女がいる。ぼくは彼女のことがだいきらいで、彼女のことを考えるだけで精神力をひどく消費してしまう。ぼくは誰かをにくんだりすることなぞまったくないのだけれど、この女だけは例外だ。だからこそ彼女とは離れることができず今日までやってきた。こうしてじぶんの憎しみを持ったことこそがぼくが東京で生きてこられた理由だ。
もちろんこの東京にいる誰もがそういった「憎しみ」と交際しながら生きている。ここはそういう場所だ。「憎しみ」と出会えなかった奴はどんどん脱落していく。ここはそういう場所なんだ。ほんとうは彼女にも名前があるらしいのだが、ぼくは彼女の「名前」とやらをずいぶん長いこと口にしたことがない。(ふしぎなことに、名前なぞ口にしなくても会話はすすめられるのだ。なんのために名前なんてものがあるのだろう?)彼女のことをかんがえるとき、ぼくは心のなかで彼女を「憎しみ」と呼ぶ。そしてぼくは今日、「憎しみ」に別れを告げなければならない。
ぼくと憎しみとの関係はごく平凡なものだった。ぼくが憎しみと言葉をかわすたび、この世界ではひとりの人間が死んでいく。それはどこかとおい土地で行なわれている虐殺のうちのひとり、同級生からのいじめを苦に自殺をするひとり、老衰で息をひきとる、ひとりだ。東京にすむ人間はみなそんなふうにして世界中の人間をひとりずつ殺していく。そうしてこの世界のバランスがなりたっているというわけだ。そしてぼくがきのう憎しみと言葉をかわすことによって殺した人間こそがぼくのおふくろだった。だからぼくは、ついに憎しみに別れを告げ、東京から永遠に去らねばならないときめた。ぼくは憎しみをよんだ。すぐにやってくるだろう。
さて、もうひとつ問題がある。ぼくは東京を発ち二度と戻らないときめたのだから、この部屋にある本はすべて読まれることなくここにほおっておかれることになる。しかし、永遠に読まれないことを知った本が少女の姿かたちをとってその主人を襲うことはみなが知っいるとおりだ。ここで少女とよんでいるのはもちろん消費されるためだけにつくりあげられた生きもので、無防備なパジャマを身にまとい、ふんわりと長い髪を後ろでまとめ、「おにいちゃん、まだねないの」とやってくる。眠そうな睫毛のうごきと華奢なからだに不釣り合いな大きさのバタフライナイフを右手に持っている。ぼくは本にさわりながら、たとえばいつもリプライを飛ばしあっているついったーの知的美少女、美ガ原キレ子のようなIQが高く哲学書を読んでいる令嬢を想像する。無論ネット内美少女なので非現実的に男好みでどんなマニアックな話題でもついてきてくれる。そして適当に議論で負けてくれる。権謀術数も機嫌取りも万全だ。耳から血を流しヘッドバンキングでぼくの部屋の壁を毎晩ゆらしている彼女は、ベランダで二十日大根をそだてながら集めたぬいぐるみの数はじつに十三個、もちろん年齢も十三歳。髪はいつも濡れていて、それもじつは血、それなのに石鹸の香りしかしない、そんな少女がぼくの血をうまそうに吸っている姿を想像する。悪くない、が、ぼくは東京を脱出しなきゃならないんだ。少女に血を吸われているわけにはいかない。だから憎しみがやってくる前に本を捨ててしまわなければならない。そう考えてぼくはつぎつぎとごみ袋に本を投げ入れていく。二袋め。投げ入れていく。三袋め。投げ入れていく。四、五、六……投げ入れていく。


しかし遅すぎたのだ。彼が最後の一冊(ディスコ探偵水曜日・下)に手を触れた瞬間、本は少女に変わる。ゆっくりと変わってゆく。彼は絶望し、そしてすばやく後ずさる。これは小説だから、もちろんここで、憎しみが彼の部屋のドアを開く。彼の前には少女が、彼の後ろには女が、という構図だ。彼女たちは彼をあいだに挟んで目を合わせた。
瞬間。
「まかせといて」
少女はそう言って、軽く跳んだ。
跳んだ次の瞬間には、女は少女のすぐ正面にまでやってきていた。互いの脚が互い違いに交差するような、そんな位置にまで。
女は少女となった本よりも背が高い。
その視点で、少女を見下ろす。
どこから持ってきたのだろう、女の持つ包丁が横薙ぎに少女の顔面を襲った。その少女の頭部の上半分が切り離され、黒く艶のある髪ごと後ろに吹っ飛ぶ。
と、それを待ったかのように、少女のバタフライナイフが女の頭部を爆散させた。
ふたりの頭部がふたりとも飛んだのだ。
本来ならこれで決着だろう。
しかし女も少女も人間ではない(人間ではない)。
頭部が飛んだところで、脳髄を破壊されたところで、ほんの一瞬、意識と視界が寸断されただけで。すぐに元通りに再生する。
互いに何のダメージも残らない。
少女がバタフライナイフで横に薙ぎはらうと、女の右肩から先が飛び、そして彼女は身をのけぞらせる。断面から噴出する鍋の中のジャムのごとき煮えたぎった鮮血が乾いた土の上に赤黒く広がっていく。再生する。彼女たちの破片は次つぎと宙に舞う。再生する。ときには自らの拳で斬られぬ先に自分の身体をすっとばしてしまうこともある。再生する。血けむりで空気は赤紫色にけぶる。再生する。彼女たちの両手は血のりでぬらぬらし顔も手足も猩猩緋ずるずるべとべと、そして再生する。彼女は彼女に触れていた。彼女の肉体が彼女の肉体に触れていた。彼女の肉体の熱が彼女のそれと交じりあった。ごみ袋の本が散乱する。そして石鹸の匂い。
彼は椅子の上にくず折れ、もう一歩を踏み出す力も失せて、きょとんと眼を空に据えていた。しかし、決してぼんやりしているどころか、かかる場合にこそ到底ぼんやりなどしていられるものではない。理性につながる彼がための命綱がさいわいにまだ朽ちきっていないならば、今こそ綱の端にすがらなければならないときだろう。だが、いったいどこの綱手をどう手繰れば鈴がなるというのか。堂々たる理法の綾の中に紛れ込もうなどという贅沢な望みではなく、どんな頼りないことばの藁ぎれでもつかみたいとあえいでいる有様なのだが、それほどの手がかりさえぷっつり断たれているほど彼は痴呆症だといよいよ相場がきまったのであろうか。それならそれで覚悟の決めようがあろうに、その覚悟にたどりつくまでのゆとりも彼には許されなかった。というのは、彼はついに決着を目撃しなければならなかったのだ。


「やっぱり無理みたいね」
女は一歩後ずさりそう言った。少女も同様に一歩後ろへと躰を引いた。そこで女は一冊の本に手を触れる。それは銃の形に変わった。「あなたには分かるわよね。これは特別製の銃なの。
あなたは死ぬわ。ページをばらばらに引き裂かれて」
刹那、少女も床に落ちていた本を手にとる。それは拳銃の形に変わる。
「こっちだって、特別製なんだから」

<緊張>
  <静寂>
    そして二発の銃弾が放たれた。
    一発は憎しみ。
    一発は本。
    そしてそのいずれもが、互いを撃ち抜いた。
   </静寂>
</緊張>


叫び声。


彼はそれを待っていたのか?この夜を?彼は知らないうちにどこかで閾を越えてしまったのだ。もう目撃してしまった、もう純潔ではない。死を目撃するというのは人間的ということでしかない。最後のステップを終ったらひとは清潔なんかでいられない。何事によらず清潔なんかでいられない。母親の死によって彼が閾の下に脚を踏み出したので、彼女たちは彼のことを試してみた、まるでそんなふうだ。いま二人がフローリングの床に倒れることで、彼は本(愛?)なり憎しみ(愛?)なりの致命的な行為を完遂させてしまった。その結果彼は、まもなく自分がほんとうは何に向かって叫んだのかを悟った。この二つが相殺する。相殺してゼロになる。いつもそういうものなのか?ああ、ああ。なんてチャーミングな死躰たちなんだろう。そうですよ本当に。ウリ・ロメルになりたいくらいですよ!ウリ・ロメルみたいな映画でラストがぶっち切れて突然終わっちゃうみたいなのがいちばんいいですね。作ってる途中で投げだしちゃって、結末も教訓もないみたいな奴が。


したがって、この小説はここで終わる。