読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Sun Raによるジャズ史試論 第1回

音楽 Ra

というわけでやってきました、第1回。今回はサン・ラとモダン・ジャズ、その双方の生い立ちについて辿っていきたいと考えています。

出生

歴史というからには、まずはその始まりを定義しなければなりません。

前回も少しだけ触れたとおり、サン・ラは自らを土星からの使者と自称し、生い立ちについてその痕跡を消し、あるいは偽り、周到にはぐらかし続けました。それが彼の意志であり、その忠実に意志に従ってあくまで「サン・ラ」として彼を紹介しようとするならば、彼の身にはじめて「啓示」が訪れたその日、あるいは初めて「サン・ラ」を名乗ったその日を始まりとすべきなのかもしれません。
が、まあいいでしょう。彼の生い立ちが多少なりとも分かっている現在、わざわざそんなに話を分かりにくいものにしてしまう必要もありません。私たちはまず、ややこしい経歴を持つこの人物の歴史の始まりを、人間としての出生日である1914年の5月22日と定めておくことにします。サン・ラことハーマン・プール・ブラントは、1914年5月22日にアラバマ州バーミンガムで生まれた、と。


さて翻って、モダン・ジャズの始まりとは一体いつのことになるのでしょうか?
ごく簡単に「ビ・バップの成立による」と答えてしまえば話は簡単なのですが、ここはやはり「Sun Raによるジャズ史」というわけで、後にサン・ラと自称することとなるハーマン少年の成長とともに、その成立を追ってみたいと思います。*1

スウィング

物話は彼の少年時代から始まります。
ハーマン少年は小さい頃から音楽が好きで、彼のほとんど最初とも言える音楽の記憶はお兄ちゃんの持っているレコードのそれだったといいます。そしてハーマン少年が音楽へと本格的に傾倒するきっかけとなったのも、お兄ちゃんの持っているフレッチャー・ヘンダーソンのレコードなんだとか。

フレッチャー・ヘンダーソンは「スウィングの父」とも呼ばれたすごい人。こういった「スウィング・ジャズ」が当時(1920年〜30年代くらい)の流行でした。ご存じベニー・グッドマンもそうですよね。

こういったスウィングものが当時の全盛でありますが、実はこれ、いわゆるモダン・ジャズには分類されないのですね。言うなれば「プレ・モダン」であります。

そんな時代、ハーマンの少年〜青年時代のエピソードはなかなか興味深いものばかりなのですが、すべて紹介していてはキリがありません。乱暴に纏めてしまうと「幼少の頃から音楽の才能を開花させていたハーマン少年はハイスクールを超優秀な成績で卒業。仲間とバンドを始めそれなりに成功したのち大学に行き・・・」というもの。彼は大学で教員養成コースを選択し、音楽の授業では(当然のことながら)クラシックを正式に学んだのでした。

召喚と音楽活動

寡黙で思索的だったハーマン青年は大学に入った頃から聖書にのめり込むようになり、ついに1936年、彼が22歳のその年に、宇宙人からの召喚を受けます。

世界が完全な混乱に陥るようになる時、全く望みがなくなる時、私はその時に話せるようになり、世界が耳を傾けることになる、彼らは私にそう言った。

彼がこの後の人生で何度も語ることになるエピソード。宇宙人たちとともにどこかの惑星へ行き、彼らと会話を交わし、上記のような啓示を受け、そして地球へ還ってきたというお話。

はっきり言ってこの話、アダムスキーのそれをはじめとするコンタクトものの話と非常に似通っていたりします。「巨大なスポットライトが降りかかってくる」ような体験、選ばれた人類に知恵を授ける宇宙人といった特徴はまさにその典型的なものなのです。そしてそれを裏付けるかのように、彼はこの話を1953年以前(アダムスキーの遭遇は1952年)にはしたことがなかったという証言まで・・・

ま、事の真偽はともかく、彼はこの頃を境に安定した教師への道を絶ち、本格的に音楽で生きていくことを目指すようになったのは確かだったようです。大学の課程を修了しバーミンガムに戻ってきた彼は、バンドを結成し戦争(第2次大戦)が本格化するまでのわずかな間、ミュージシャンとして生活しました。1930年代末のお話です。


彼はそのころにデューク・エリントンと会ったこともあったようで、エリントンも彼同様不協和音を使っているという事実に興奮したといいます。
これ映像が楽しいなあ。Cotton Tailです。

もういっちょ、このKinda Dukish〜Rockin' in Rhythmの流れが云々*2

せっかくなのでベイシーもいっちゃいましょう。意外と30年代の録音って上がってませんね・・・


さっきからビッグバンドばかり出てきてますが、その頃ハーマンが聴いていたのはそればかりではありません。例えばピアニストのアート・テイタムがそうです。超絶技巧・・・


彼自身もリクエストに応じて、当時の流行の曲を演奏していたようです。でなきゃ生活できませんものね。ガーシュインのEmbraceable Youとか・・・

(転調に「ウッ!」ってなっちゃう)コールマン・ホーキンスのBody and Soulとか。

これら2曲などは後々までジャズのスタンダードとして定着していく曲たちなのですが、この頃にはまだアドリブ・ソロのようなものはあまり目立って行われなかったのではないでしょうか。

つづく

というあたりで今回は終了。てゆうか結局プレ・モダンで終わってしまった。モダンに入れなかった。
次回はついに戦争のはじまりです。ハーマン青年にとっての戦争とは?そしてモダン・ジャズといえば、そう、最後に触れた「アドリブ・ソロ」が表舞台に登場してきたり、しちゃったりして。こうご期待であります。

*1:ジャズという音楽そのものの始まりについてはちょっとここでは触れる余裕がありません。モダン・ジャズだけで勘弁してね!

*2:僕はエリントンがものすごく好きなのでもっともっと紹介したいのですが、今日はこの辺で我慢しておいてやりますこの野郎