対称性の破れ

さて、突然ですが、みなさんの青春の象徴ってなんですか。いろいろあるでしょうね、恋です愛ですオナニーですと、そりゃ人によっていろいろあるのでしょうが、僕にとってそれは間違いなく、鼻の脂であります。鼻の頭をぐっと上に押さえると小鼻のあたりからにゅううと出てくる白い脂なのです。あんなことをして何かいいことがあるわけもなくまったく悪い結果しか生まないというのに、僕はオナニーと同じ頻度でそれをにゅう、にゅうう、と出していました。

さて、ありゃいったい何が出ているのか。そりゃ決まっています、もちろんそれこそが僕のもつ劣等感であり自負心であり性的衝動であり、汚いものがあまりに多すぎて、それらがそぎ落とされたきれいな世界へと通じる道を阻んでしまっているものだから、仕方なくその世界を幻想であると決め込むものの、結局その世界の現れなしには生きられず、とにかく手っ取り早く手の届くところへ、そのきれいなものであるらしいもののかけらを引き寄せようと、小説だのアニメだの漫画だのインターネットだのをぐにょぐにょと入り交じらせ(手触りはきっと森山塔の描く触手のよう)、そうして出来上がった僕だけの宇宙のただ中、うんことゲロの反作用でくるくると回転し進むエネルギーの現れであったことは間違いありません。

そんななかでさえふとした瞬間に実現されてしまうその「きれいな世界」で僕は永遠の生を受けるわけですが(当然でしょう、きれいな世界は永遠なのです。僕にはイブン=バットゥータが南米の埃臭い道を愛車ポデローサ号に乗り失踪する姿をありありと思い浮かべることができます。それは永遠なのです。永遠なのですよ!)、もちろん他でもない鼻の頭のテカりこそが現実世界の時間をすすめる推進力でありますから、そのおかげで僕はそれを一瞬のものであると知覚することになるのです。悔しいかな、悔しいかな。


とはいえ、あれから何年経ったでしょうか、鼻の脂なんてものが浮いて出るようなエネルギーを溜め込むことさえできなくなった僕はいまも、永遠を手に入れられずにいます。追い続けているのです僕は。悔しいかな、悔しいかな。