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文学全集から眺める日本における世界文学の受容

突然ですがこんにちは。みなさんがこの日記を見に来るのは僕のちんこやうんこのためであることなどお見通しのムラシット先生です。

そう、みなさんがこの日記を見に来るのは僕のちんこやうんこのためであることは分かっています。分かってるからこそ言うのですけれど、前々回に引き続き今回もちょっと我慢していただきたい!我慢というものはは快感を高めてくれますしね、ぜひ我慢していただきたい!我慢!がーまーん!…めっ!僕は他にしたいことがあるの!


え?なに?我慢できない?そんなに僕の下半身の話が聞きたいんですか?


…それならば、ムラシット先生はサービス満点ですし、僕の下半身にしか興味のないみなさんのためにちょっとだけお話ししておいてあげましょう…しかたがありません…ほんとうにしかたがない雌豚どもだなあ!…実を言いますとね、今朝、長いED生活を抜け出すための第一歩、そう!ついにオナニーができました!つかの間の勃起!オナニーしたなんて報告をするはてなダイアリーはムラシット先生の日記だけ!よし!この変態!



…という感じにみんな満足したところで今回は何かというと、日本における「世界文学全集」にはどんな作家の作品が多いのか、そして、現在絶賛刊行中である池澤夏樹の全集がどんなバランスのものなのかを調べてみたいと思ったわけです。主にこちらのサイト→(翻訳作品集成(Japanese Translation List))を参考にさせていただいて、河出書房、講談社、集英社、新潮社、筑摩書房の5出版社のおもな世界文学全集17集から、そこに作品が収録されている作家をチェック、リスト化してみました。ぜんぶで451人。フルネームとその代表作*1まで調べたので思いのほか労力がかかってしまったのですが、とりあえずここでキリをつけて公開してみようと思っています。本当は岩波文庫の赤帯まで入れようと思ったんですがちょっと気力が足りませんでした。


はい、ものすごく見づらいうえに、何に利用できるのかまったく分かりませんね。僕もそう思います。

気づいたことといえば…まず、カフカが17集中15集に収録ということでトップだったりするのですが、50年代発刊の全集にはカフカの作品は収録されていないというのが面白いかと。60年代になってようやく日本でも受容されはじめたんではないか、ということが感じ取れます。

また、夏樹全集を除いていちばん発刊が新しいのは集英社ギャラリーの1990-91年だということ*2に注意しつつ見ていただけたらと思うのですが、新しめの全集ではフランスのヌーヴォー・ロマン(1950年代)やラテンアメリカ文学などがフォローされてはいるものの、アメリカのいわゆるポストモダン文学*3はまだ出てきていないなあ、ということ。じっさい、バルガス・リョサやガルシア=マルケス、ホセ・ドノソが活躍し始める時期とピンチョンヴォネガットの本格的デビューがいずれも60年代初頭でだいたい重なっていることを考えると、すこしくらい収録されていてもいい気はするのですが…。

そしてまあ、この前と同じ感想になってしまうんですが、やはり非欧米圏の文学は(申し訳程度に入っている魯迅を除いて)かなり少ない。そういった意味で夏樹全集は健闘していますし、今までの文学全集とはかなり毛色がちがうんではないかという印象は正しかったのだということになるでしょう。

ほかにも読み取ろうと思えば読み取れなくもないのでしょうが、とりあえずとりあえずそんなところで。読む本に困ったらこのリストの上のほうから順にでも読んでいけばいいんじゃないでしょうか。


今日は、僕がオナニーできてよかったね、という日記でした。

*1:けっこう適当です。許してください…

*2:いまどき文学全集なんて流行りませんからね!

*3:ピンチョンやパワーズ、オースター、ヴォネガット