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ハーモニー - 伊藤計劃

このタイミングでこれを書くのは悪趣味ですか?すみません。でも僕は僕に負けた。ので、す。

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明らかに生政治の(素直すぎるほどに文字通りな)極限としてのディストピアのお話なんだけど、どうなんだろう、それじたいが最も重要な要素であったかといえば、そうでもなくて。むしろなんとなく風の谷のナウシカを連想してしまうような*1自由意志(みたいなもの?)への引力の強いお話、のはず。…というのは読んだ方からすれば納得していただけるのではないでしょうか。穿った見方をするなら、前者の「真新しくみえるディストピア」で読者の目を欺きつつ、その裏に後者を忍ばせて中盤あたりから、ぐわん、と転倒させるような構造になっていたんじゃないかということになるのかな、よくわからない。たしかにこの二つの間にはきっちりした流れが存在しているのだけど、前者はあくまでこのセカイの設定であって、後者とは微妙にレイヤーが違ってるのではないかと、そういうふうに考えたわけです。


ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)


ともかくこれだけじゃ何も言ってないに等しいので順番になんとか説明していかねば!


まずここで描かれているのは、生という、健康という、生きるものがもっとも基本的に備えているものに基づく統治の体系なわけで*2。それが「医療経済を核にした福祉厚生社会」「誰もが互いのことを気遣い、親密に“しなければならない”ユートピア」「体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会を形成したのだ」という基本的な世界観。外的な規律によるものより巧妙だね!とフーコーが見せてくれた*3世界そのものなのです。

んでもバタイユ先生の言うように、人間がこんなセカイに順応できるはずがありません。ミァハの最初の欲求、つまりこの生・健康という本能的な規律に対立して身体を傷つけようという欲求が、まさに「禁止の侵犯」にあてはまるのではないかと思ったわけです*4。まあ当然の反応だし、実際そういうものとして描かれているとおもいます。


しかし、ですよ。このセカイではそんな欲求は挫折するよう運命づけられています。それほどこの「生命主義」社会の禁止は深く浸透しているのです。

ではそんな挫折を知ったときに、人間は何を選択するのか。禁止が異常なまでに強化されてしまって侵犯が達成されないという状況に陥ったとき人間はどうするのかといえば、とるべき行動はふたつ。無制限な侵犯という状況を無理矢理にひらきそれに身を任せるか*5もしくはそのような「暴力にたいする禁止、そして侵犯」の構造そのものを消滅させるか、という二択になるはずなんですよね。


ここで「人間的」なのは明らかに前者のほう。この場合、無制限の禁忌のあとには日常がもどってきます。それがいいのかどうかってのはものすごく大きな問題として取り扱われなければなりませんし、実際この物語のなかでも取り扱われていますが、ともかくそういう選択。そしてもうひとつが、「非人間的」な後者。消滅させるんだもの、そりゃ「非人間的」ですわな。*6コイツが燦然と輝きやがる。

もちろん選ばれた結果は…*7実際に読んでいただくとして、この結末はいわゆる「ディストピア」なんかではなく「ユートピア」なことは間違いありません。あれがユートピアでなくてなんだというんだ。


そして、あらゆるユートピアってのは究極的にはこういう結末にしか導かれ得ないんじゃないかと思うからこそ、僕はユートピアなんてまっぴらごめんですと言うわけですけれど。

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ところで

この小説はetml(Emotional-in-Text Markup Language)というマークアップ言語によって書かれているという体裁になっていて、たとえば以下のような雰囲気なんだけど。

「わたしたちはおとなにならない、って一緒に宣言するの。




ぜんぶわたし自身のものなんだって、世界に向けて静かにどなりつけてやるのよ」

こんなめんどくさいことせずにふつーにコンパイルした後を見せればいいじゃんかー!とはじめ不思議に思って、ソースのまんま出すことのメリットって構造がより明らかになることくらいだよなあと思ったのだが、エピローグにああいう解決のされかたをするとは思わなかった。ここではある種の感情/意志の類型化がなされているんだけど、そのような類型化をしなければならないということ自体に悲哀を呼び起こされるとともに、もしかするとここはもっと深められたところなのではないのだろうかと思わなくもなかった。

そして、「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」なのかもな、と思ってすこし寂しくなった。

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ともかく、大事なことなので最後にもう一度言います。

僕は、ユートピアなんて、まっぴらごめんなんですよ。

*1:じっさい引用がなされているのだが、それをさっ引いても

*2:そういえば、もう一つの基本事項である「性」についてはそれほど言及されないのが不思議といえば不思議ではある

*3:たぶん。僕はそう理解しているんだけど…

*4:正直この構図は便利すぎて最近ついついこれに当てはめてみてしまうのはいけないクセだなあと思う

*5:バタイユはこれについて「無制限の侵犯」として祝祭と絡めて触れている

*6:ナウシカが拒絶したのもこれ、だったよね?

*7:こうやって書いてくと、うわあ、二項対立を脱構築してるんだよって言いたいだけなのかー、とがっかりするのですが、実際そう読んじゃってるんだから仕方ないじゃないか!