勝間和代十夜

第三夜


こんな勝間和代を見た。

和代の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると電球がぼんやり点っている。片膝を座布団の上に突いて、PCの電源を点けたとき、Windowsのロゴがディスプレイに浮かびあがり、同時に部屋がぱっと明かるくなった。

立膝をしたまま隠しフォルダを探すと、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、隠しフォルダをもとのごとく非表示にして、ウィンドウを閉じて、どっかりと座った。

あなたはビジネスマンよ。ビジネスマンなら悟れないはずないでしょうと和代が云った。そういつまでも悟れないところを見ると、あなたはビジネスマンではないんでしょうと言った。負け組だと言った。ははあ怒ったわねと云って笑った。口惜しければ悟った証拠を持って来なさいと云ってぷいと向をむいた。怪しからん。

隣の広間の床に据えてある置時計が次の刻を打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室する。そうして和代の恥ずかしい画像と悟りと引替にしてやる。悟らなければ、和代の恥ずかしい画像で自涜が出来ない。どうしても悟らなければならない。自分はビジネスマンである。

こう考えた時、自分の手はまた思わずズボンの下を弄った。そうして朱鞘の短刀(これは比喩である)を引き摺り出した。ぐっと束を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃が一度に暗い部屋で光った。凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先へ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、九寸五分の先へ来てやむをえず尖ってるのを見て、たちまち和代にぐさりとやりたくなった。(繰り返す、これは比喩である)身体の血がくびれの方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇が顫えた。

いきり立つものを収めて、それから私的なことがらを記録した。

本棚が見える。一列に並んだ和代の著書が見える。その表紙に和代の顔がありありと見える。掌を前に出して断る声まで聞える。どうしてもあの和代を御菜にしなくてはならん。悟ってやる。起っていることはすべて正しいんだ、起っていることはすべて正しいんだと舌の根で念じながら、私的なことがらを記録した。

和代の声が聞えた。和代がキッチンに立つ姿が瞼の裏に浮かんだ。和代が風呂上がりにピノを口にする、その唇が、指が、うなじが、匂い立つような残刻極まる状態であった。

そのうちに頭が変になった。和代も、ドラッカーも、カーネギーも、有って無いような、無くって有るように見えた。と云っても収入はちっとも10倍にならない。ただ好加減なことがらを記述していたようである。ところへ忽然隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。

はっと思った。下着が濡れていた。時計が二つ目をチーンと打った。

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