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天体による永遠 - ルイ・オーギュスト・ブランキ

id:goldheadさんが度々言及されている*1のを見て手にとらずにはいられませんでした.冷徹なロマンティシズムに満ちた一冊.

天体による永遠 (1985年)

なにが語られているかといえば「永遠の時間のなかの無限の宇宙から演繹されることがらについて」といったところで,これは熱力学の法則も無視したような宇宙観であるからして,現代の科学に照らし合わせてみればそりゃあもう荒唐無稽であると言って差し支えないものだといえるでしょう.じっさい巻末に付いている出版当時(1800年代末)のジャーナリズムの反響についての項を読めばその当時だって科学的とはいえないものだったということが分かる.

この本を読むなかで読者は「無限という分母の前ではどんなに大きな分子もゼロになってしまう」というあたりまえのことを何度も何度も確認していくことになります.どんな確率分布もマイナス無限大からプラス無限大まで積分すれば1になるってのは実はおそろしいことなのです.だけど,これはたんなるおはなしでしかありません.現実の宇宙とはちがう(百歩譲っても,そうではないことが一般的な説となっている,という程度でしょう).この宇宙は,ほんとうはバベルの図書館なんかじゃない.タイプライターを与えられた猿はシェイクスピアを完成させたこともなければおそらく完成させられないであろう,そんな宇宙なわけです.


しかし!そんなことはどうでもよろしい.いやよくないけど.ホーキングとペンローズに謝れだなんてそんな話じゃありません.たいせつなのは,この本に書かれているのはすべて無限と有限の対立のおはなしであるということ.そして,とうぜんのようにそこから(文字通り)数限りないくりかえしが演繹されること,なのではないでしょうか.もっと直截にいえば,無限のひろがりにつつまれた果てのない時系列のなかですべての「ありえた世界」が存在していた/している/することになるという宇宙…についての必要にして十分な「物語」であるということなのです.

自分が存在する宇宙が有限な宇宙だとも知らないで,ブランキは空想の宇宙,無限をはらんだ宇宙について語ります.

このようにして,それぞれの惑星のお蔭で,すべての人間は,自分の人生と全く同じ人生を送っている数限りない自己の分身を,この宇宙の広がりの中に持つことになる.彼は現在の年齢の自己だけでなく,彼のすべての年齢時における別の自己という形でも,無限かつ永遠なのである.彼は現在の一瞬ごとに,何十億という誕生しつつある瓜二つの自分,死んでゆく自分,また誕生から死ぬまでの生涯の一瞬ごとに並んでいるすべての年齢の自分を,同時に持つのである.
もし誰かが,宇宙の幾つかの地域にその秘密を尋ねるべき問いを発したら,彼の何十億という瓜二つ人間も,同じ考えと同じ疑問を持って同時に空を仰ぎ,目に見えない彼らのすべての視線は交差する.そしてこの沈黙の問いかけが宇宙をよぎるのは一度きりではなく,常時なのである.瞬間ごとの永遠が今日の状況を,すなわち,我々の瓜二つ人間を載せた何十億という瓜二つの地球を眺めてきたし,これからも眺めるであろう.

ああ,これだけならば,なんともあたたかな心地にさせてくれるおはなしです.しかしこの考えに従えば「この地球で我々がなりえたであろうすべてのことは,どこか他の場所で我々がそうなっていることである」となってしまうことも忘れてはなりません.

進歩は,この地球上では,我々の子孫たちにしか残されていない.彼らは我々よりも多くのチャンスに恵まれている.我々の星が見るであろうすべての美しい事物を,我々の未来の子孫は,もちろん彼らに先立ったあるいは彼らの続く瓜二つの人間という形で,すでに見ているし,今見ているし,いつまでも見るであろう.すぐれた人類の息子である彼らは,我々に続いてそこを通過しながら,死滅した地球群の上で,すでに我々を激しく嘲弄し,罵倒してきた.彼らは我々のいなくなった新しい地球群の上でも,我々を徹底的に批判し続け,さらに,その次に生れてくる地球上でも,追求の手をゆるめることなく永久に侮蔑の言葉を投げ続けるであろう.

ひどい話です.ひどい話なんですが,それでも僕は(というか彼自身もそのように言っているとおり,でもあるのですが)そこまで含めてあまりにも甘美であると思います.あまりによくできすぎている.こんな物語は逃避するにはもっともよい隠れ家となってくれるにちがいありません.冷徹に演繹していった先がこんなにロマンチックなものだったなんて,ブランキ先生よくやってくれます.


しかし一方で,それを否定している科学もよくやってくれやがりました.その結果として僕はそんな宇宙を幻想としてしか持てなくなったのですから.そして,だとすれば,僕はこの先どんなふうにして生きていけばいいのでしょうか.希望を持てばよいのやら,絶望を新たにすればよいのやら.やら.

…と,そんなこをと考えた本でした.

*1:この本そのもののレビューはこちら http://d.hatena.ne.jp/goldhead/20090423#p2