深夜にかかってくる電話はだいきらいだということ、奥野がだいきらいなのは石田だけだということ、たちのぼる煙草の煙がそれらをものがたっていたということ。


「さっちゃんってまだ処女なの?」
「昨日は処女じゃないって言ってたけど1週間前は処女だって言ってた」
「すげえ、時間遡ってるな」
「そうきたか」


交差点はあかるくてざわざわしていて道が5つにわかれていて、とてもよかったなあ、と思いました。ここに来てよかったなあ、と思いました。ざわざわは、うまく聞きとれません。


「ってことはあれなの?えーと、さっちゃんのなかでは時間が逆にながれてて、俺らの時間でいうところの、1週間前の3日後くらいに、つまりさっちゃんの時間でいうところの、4日前くらいに、セックスしたってこと?」
「よくわかんないけどそれでいいよ、そうなんじゃない」
「ということは、だよ。ということは、だ。さっちゃんの時間は俺らの時間と逆に流れてるってことはだな、電車と電車がすれ違うみたいなものなわけじゃん」
「ほう」


池袋の街のことはまだよくわかりません、あっちへ行きたいと思ったら、そっちへ来てしまったなんてことも、そうめずらしいことではありません。


「電車には限られた長さがあるみたいに、俺らにもまあ、こういう青春っていう限られた時間があってだな」
「いきなり何を言い出すんだ」
「俺らの限られた青春とさっちゃんの限られた青春がな、並走してるんだったらいいわけよ、な、そうだろ。そしたらちゃんと『青春のはじまり駅』から『青春のおわり駅』まで抜きつ抜かれつうまいこと併走してくれるわけ、ここまで言えば分かっただろ?」
「いや、ぜんぜん」


歩行者用信号が赤から青にかわります、青はときおり点滅します、青から赤にかわります。日が暮れます。西口は東口よりもすこしだけはやく夜になります。夜です。


「なんだよ、頭悪いな。しかたないからそんな奥野くんに懇切丁寧に説明してやるとだな、現実はそんな並走とはほど遠いってことなんだよ」
「頭悪いのはどっちだよ」
「それがどういうことか分かるか?分からないだろうから説明してやろう、つまりだな、まず先ほどのお前の発言によってさっちゃんが時間を遡る存在であることが証明されたわけだ」
「されてたのか、知らなかった」


バカボンの歌って知ってますか?「西から上ったお日さまが東へ沈む」ってやつです。


「そうなると、さっちゃんの青春と俺らの青春との邂逅はどうなると思う?ほんとうならながい時間をかけて並走すべきだった二つの青春は、現実にはすれ違うしかないってことになるに決まってんだろ、ごく短かい時間にな」
「へー、で、どうしろってんだ?」
「お前はほんとに今の俺の話聞いてたのか?今のさっちゃんは処女だけど、俺らとさっちゃんがいっしょに居られる時間はたいして残ってないってことだよ、こんなところでぐずぐずしてる暇なんかないってことなんだよ」


西から上ったお日さまが東へ沈んでゆきます。