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実録!荒川アンダーザブリッジ

都市

こないだ、といってももはやひと月以上前なんですが、深夜の荒川河川敷を北千住あたり(千代田線・つくばエクスプレスの通る橋を起点にしました)から東京湾まで歩く機会がありました。とりあえず酔狂なことをしましょうと男二人で話し合った結果がこの企画。深夜1時くらいからはじめて、ほとんど立ち止まることなく歩きつづけました。今日はそのときのことを書きます。とくに面白いことは書きません。写真もありません。


書くといっても、たいして何があったというわけでもないんです。目が慣れてくると、基本的には変わりばえのしない風景が続くばかりです。東側の河原を歩いていたのですが、向こう岸には首都高環状線がずっとつづいていました。この高架、それなりに大きいはずなのですが、比較するものがなく、そのためスケール感がまったく失われている。自分たちのくぐった橋からその次の橋までの距離がどのくらいなのか、どのくらい歩けばあの橋に辿り着くのか、ぜんぜん分からない。それでも、向こう岸はあかるくてきれい。もしかして時間が止まってるんじゃないかと、不安にわくわくした気分を味わいました。ときたま向こうからあるいは背後から走ってくる自転車のライトに軽い怯えを感じながら、いったい何を話したのか。たしか、数学のこととか、東欧の住宅地のこととか、インターネットのこととか、だいたいそんな感じだったはずです。

河川敷には、ずっと何かしらの公園あるいは運動場が続いていました。昼間になれば子供も大人もここで遊ぶんだろうな、でも今は人っ子ひとりいやしないや、夜ってそういうものなのだろうな。マンションの一室から光が漏れているのを横目で見ながら、ここにもちゃんと生活している人がいるんですね云々と、当然のことを考えそして口に出してみたりもしました。街灯はオレンジ色で、こんなものをずっとずっと整備しているってけっこうすごいことなんじゃないかと、ぼくは言いました。


しつこく言い訳をするようですが、ほんと、書くことはあまり多くないんですよ。なんとなく辺りが明るくなってきたころには、下町という雰囲気からいかにも臨海といった雰囲気に、いつのまにやら周りの風景が変わっていて、この調子ならいつ東京湾に辿りつくのだろうという期待を持ちつつ歩いていたこととか。とにかく大きな鉄塔があって、すごく長い電線が延びていて、その下をくぐりながら、やっぱりスケールが分からないなと感想を漏らしたりしたこととか。ほんとうにそのくらい。ああ、あと、大きな橋やそうでもない橋があって、それぞれの橋の下の地面に「○○橋」ときちんと書いてくれていたこととか。


そんなこんなで夜明けごろ、もうすこしで東京湾だ、たぶんあの橋をくぐったら東京湾だという地点までやってきました。すぐ横にはごみ処理場があって、岸には早朝から釣りをしている人がいます。そしてぼくたちは気付いてしまったのです、河川敷の道がそこでぷっつりと途切れていることに。なんだと……まだ川の途中だというのに……!

東京湾までと目標を決めていたのだから、早々に諦めるわけにはいきません。まじで?とかなんとか言いながらどうにか進めそうな道を探し、そしてもう無理なんだと分かったときの、なんとなしに拍子抜けしたあの感じ。歩きはじめたときに欲していたのは、夜明けの東京湾という開放感だったはずなのですが、いまこうやって思い出してみると、この拍子抜けの感覚はけっこう愛おしい思い出として今でも残っていて、それはそれでよかったのかもしれないと思わなくもありません。けっきょく4時間くらい歩いたんだっけか。


そのあと河川敷をすこし戻って、南砂町の駅まで歩き、近くにあったすき屋で牛丼を食べつつ小難しい話をしてから、電車で家まで帰りました。


……というわけで、狐に化かされるわけでもないし、なにか犯罪に出会うわけでもない、ほんとうになにもなく、自分たちだけしかそこにはいないのだけれど、それはそれでなかなかに面白い体験でした。だからみなさんも深夜の河川敷を歩くといいんじゃないでしょうか。なんですかね、阿房列車みたいなもんです。人生そういうものなんですよ。と、話が無駄に大きくなったところで今日はおしまいです。

荒川河川敷のようになにも起こらない日記をここまで読んでくれたあなたには、たぶん、こうやって歩く素質があると思うんです。


追伸: 河川敷ではホームレスの人を見かけませんでした。やっぱり市街地が遠くて暮らしにくいのだろうか。