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小説誌『HARVEST』の感想を書くよ

いきなりですが、陸条さん(@joe_kuga / id:inhero)主宰の小説誌『HARVEST』に参加させていただきました。なんだよおい文フリにはまだ早いぜとおっしゃる皆さま!こんな時期にいきなりそんなことを喋くりはじめるにはもちろん理由があります。はい、以下のリンク先に飛んでみる!

http://p.booklog.jp/book/14059

そうです、何を隠そうこれ、各所で話題沸騰*1のPubooで公開されてる電子書籍なのですよ。本の内容はもちろん、こういう試みも面白いことだっちゅうわけで、(12/5の文フリ*2でも紙のものが購入できるのですが)ここで感想なぞ書いて皆様の興味を惹こうと、そう思って筆を秉った次第でございます。

とはいえ、僕のこんな感想よりも、端正かつ情熱に満ちた未樹さん(@fumi_pon)による解説が無料で読めるようになってるので(こういう形態はいいですね)、そっちを読んでいただくことでますます心動かされ、かつ理解が深まることと思います。100円となっておりますが、せっかくなのでみなさんこの際だからおさいぽ登録しましょう。他にもいろいろ面白いものがお安く読めて僕は重宝しています。しかもこの『HARVEST』、こっちを買っておけば文フリでの紙バージョンが100円引きらしいぜ!磯野ォー!野球やってる場合じゃないぜー!!


……。以下感想。

「やうやうしろく」わたりさえこ (@watarisaeko)

「明るい家庭」「暗い家庭」といった言葉を耳にすることがある、というか、僕自身も使ったりします。その「明るい」「暗い」はもちろん、文字通りに光量の多い少ないを指しているわけではなく、比喩というほどでもないにせよ、最も基本的な意味からはすこし離れた(それでもまったく日常的な)用法です。そこでこの、家庭用照明器具の開発についてのお話。「明るい」「暗い」の意味のひろがりを、こうしてひとつのお話にしてしまう面白さ。軽妙な語り口もそれに似合っており、(ブラックなものの多い)SFコメディの系譜のうえに立っているとも言えるのだけど、読後感は爽やかで、それがすごくいい。なにごとも明るけりゃいいってもんじゃありませんよね!

「まぶたに桜の木を」詠村岬 (@eimura_misaki)

誰しも、「思い出にケリをつけた」経験があるのではないでしょうか。あのころ考えていたことはあのころの自分にとってまぎれもなくほんとうのことだったはずなのに、(なにかしらのきっかけがあるにせよ、無いにせよ)今になって自分を見つめてみると、あのころあんなふうに考えていた自分はここにはもういない。それでもやはり、あのころの延長線上に自分はいる。そんなふうに考え、受け容れることは、とても辛いことでも有り得る。そんなちょっとした出来事を(そうです、それはいつも「ちょっとした」出来事なのです!)、この物語は描き出しています。「ケリをつける」なんて、ほんとうは、能わぬことなのかもしれません。

「蜘蛛の巣、千の扉、ユニタリ変換」murashit

まあ僕のはどうでもいいや。

「胡蝶の庭」背川有人 (@segawa)

ネブカドネザル二世といえば、新バビロニアの王、バビロン捕囚の張本人、ジッグラトや空中庭園の建設を指導した、あのネブカドネザル二世。このお話はその空中庭園を舞台とし、謎めいた死を遂げた彼の最期を描き出します。題名から当然連想するであろうは「胡蝶の夢」。硬質で美しい語り口は、どこまでが夢なのかを曖昧なままに、真実を、あるいは物語を、構成していく。夢想と未来への希望、眠りのなかの現実、それぞれがおなじ「夢」という語で表されるのも宜なるかな。そしてもう一段の夢を!

「複製技術時代の耄碌」渡邊利道 (@wtnbt)

人間、死ぬことよりも老いることのほうがよっぽど「分からない」。死ならば、どうせそんなものを体験した人なぞ一人もいないのだから、べつに分からないは分からないでほおっておけましょうが、老いはそうはいかない。そこここに、老いというものが何かを知っている人がいる。僕はいま20代なのですが、こんな僕でさえ、10代のころからしてみればいくらかでも歳をとったという感覚があって、もちろんそれはもっと年上の皆さんからしてみれば笑止ってやつではあるのでしょうが、ただ、おそらくそれは、どんな年代の誰もが、それこそ死ぬまでずっと持ちつづけるものなのではないかと、そう思うのです。年相応?そんなものがはたしてあるのかどうか。定年過ぎの男が「老い」について考える姿に、僕は安心(と言うとすこし違うか)のようなものを覚えてしまったのでした。

「Life goes on」陸条 (@joe_kuga)

冷めた目線、主観によって紡がれる文章は軽妙で、ときに楽しく逸脱さえする。それがいつの間にか間違っていたのだと、ただ一面しか見ることができていなかったのだと気づいてゆく様は、残酷だけれど、どこか爽快だったりもする。語り手は徹底的には悲観的になれない、どこか戯画化されている。人生は続くのだ、ってのはけっきょくそういうことで、すべての瞬間に、それ以前の人生を他の誰かの人生として見つづけること、その積み重ねなのかもしれないなあと、思ったりしました。なにも特別なことじゃない、みんなやってることだろう?

スターリン時代」佐久原廠 (@Tamagawa_HQ)

歴史ってどういうものなんでしょうね、みたいな問いに対する真摯な答えは、昔の偉い人がヒントを与えてくれていたりします。しかし、僕たちがなんとなく「歴史」をイメージするとき思い浮かべるのは、やはり映画的なモンタージュの積み重ねではないでしょうか。そのなかに滑稽な台詞回しもあり、鼓舞するようなドラマもあり悲哀もあり……でもすべてそれは、「陳腐」なもの、滑稽なでっち上げの映画に縮約されてしまう……どうにも避けられないのか、しかし、それ以上に誠実に向き合っていけるのか、後者はなかなか、厳しい道のりではあります。

「Ωの少年」痛田三 (@tuuda3)

ゾンビになってしまう感染症が蔓延した世界を描き、そのなかで「狼に育てられた少女」をやってる……と単純にまとめてしまうこともできるんだけど、その世界の構築のやりかた/語りかたが秀逸で、すっかり引き込まれてしまいました。いくつかの謎(どうして彼はそんなふうに育つことができたのだろう、どうして彼女はそこへ逃げていっただのだろう……)はけっきょく投げ出されたまま終わるのですが、フィクションのなかのできごととはいえ、それについて考えてみるのはかならずしも無駄なことではない、と思うのです。

「シューティングスター」秋山真琴 (@unjyoukairou)

軽妙なファンタジー!そう、ファンタジーなんて、今ではもうほとんど読むことがなくなってしまいました。久しぶりにこんなお話に触れてみて、昔読んだころのワクワクした想いをすこしだけ取り戻すことができたように思うのです。変わった能力と、ちょっとした機転、そして女の子をどきどきさせるようなユーモア。かつて男の子だった僕たちが、もしかしたらいつか……と未だに持ちつづけている希望ですよね!!

「夢と現の子供」石田友 (@You_Ishida)

物語を好いて読むすべての人間にとって、空想あるいは夢が現実と対等であるとはどんなにすばらしいことか。ボルヘスが作家のための作家と呼ばれたのは*3そのためでしょうし、ジーン・ウルフの「デス博士」が名作たるゆえんもそこにあります。さて、このお話の結末は、主人公にとって悲劇だったのでしょうか。僕はそうとは思いません。きっと彼にとって、またくるりと反転することなんて容易いことなのですから。

「皮膚のない太陽」cydonianbanana (@cydonianbanana)

さっきの話の続きみたいになってしまうのですが、小説を読むときの愉しみのひとつに、今まで意識しなかった感覚についての発見とでもいうものがあります。それはまっさらな環境を鏡面とした、自分の、あるいはまったくの他人の思考の反射でもあるわけで、それこそがことばによる記述であることを、僕はいつだったか、そう遠くない昔に知りました。そんなミクロとマクロがみごとに合わさった小説であったように感じました。……これで伝わりますかね?どうも一筋縄ではいかないようです。

という感じで、幅広く、そしていずれの作品も、なんつうかこう、まっとうに面白いんですよ!アマチュアの小説っていうと、なんかいろいろ留保でもつけなきゃアレだぜとか思ってるそこのあなた(僕じしんもそうだったかもしれない)。案外そんなことないもんなんですよ。あなたがこういったものに、ちょっとでも興味を持つきっかけになってくれれば。

*1:言いすぎた

*2:またこんど宣伝しますが、この他にも二つ寄稿させていただきました

*3:岩波文庫版『伝奇集』の巻末、鼓直の解説にあった文言。といってもこれはやや否定的に意味合いで使われてるのですが……