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東京日記(その1)

正月のうちに書こうと思ってたんだけどなんやかんやで抵抗があったのかもしれない、でもなんか、Twitterで書くと言っておいて書かないのも癪なので書きますけど、たぶん機が熟してきているはずだと思っていたのにそうでもなかったのあなという感じで思い直しつつもあることを書きますけど、そうです、大学院を辞めたときの話です。

ずいぶん記憶が薄れていますから、ひとまず順を追って話すのがよいのかもしれません。そうだ、書きながらまとめていくスタイルだ!


遡ること6年前、僕は意気揚々と……とはいかない、むしろ不安をもってこの地東京にやってまいりました。都会に出てきたいんだと思った末に京都を選んで、イヤーコリャ都会ジャと思ったのも束の間、やっぱり東京というものに行ってみなければ日本における都会のことはわからんぜよという気持ちが、今になって思えばいちばん強かったのでしょう。大学院生になるというのが名目だった──そして名目でしかなかったのが最終的に災いしたのですが──けれど、東京ってどんなところやいっちょ見てやろうじゃないかとやってきた東京(くるり)とそれにともなう勃起不全、そして少々の山手線一周を携えて住みました北区は王子。とりあえず春? 春はなにがあったっけかなーと思ったけど、どちらかというとインターネットにおける交流をオフラインに展開することの楽しさを知った時期だった気がします。

話が脱線するんですけど、個人的にはオフレポってどうしも書きたくないんですよ。いや、読むのはべつにいいし、会った人が書いてくれたりなんかすると嬉々として何度も読み返したりするんですけど、自分ではできるだけ、会った人のことを書かないでおこうと。書いてもらったのを読んで嬉々としてるんだったら汝の欲するところを為せよコノヤロウと謗られるかもしれないのですが、これたぶん昔すごく好きで読んでいたテキストサイトオフレポになったとたんぜんぜ面白くなくなった(ように感じた──予防線)からなんだと思うのですけど、自分にはこういうのを面白く書けるのだろうかと振り返ったときに無理だなっていう感じがどうしてもしてしまうというか、僕のオフレポなんか読みたいですか? そんなわけないですよね。僕も僕のオフレポなんか読みたかないです! えっ、僕のブログなんて読みたくないって? ここまで読んでるお前が何を言ったってそんなことは聞いちゃやらねえぞ。

閑話休題。そんな感じで、勉学というよりは、おお、人なんだなと思ったというのが2009年の前半なんだったんじゃないかという気がする。けっこうリアルな人と人との関係というのを見直したという殊勝なまとめ方になる。勉学・研究というよりはと断わったということからも分かるとおり勉学・研究としては散々であった。散々であったというか、あからさまに散々の片鱗が見えた。そもそも朝起きられないという生活習慣の問題から、だいたい東京来る目的が東京に来てみたいということだったところからしてなにを研究するかなどあいまいで、そりゃうまくいくわけねえだろという気がする。ハードワーキングする気ももともとないのだから同情するアレがない。というわけで2009年の前半は終わった。研究室の先輩がたとは楽しくやれていたように思うがそもそもインターネット人格がバレたというのは痛かったような気がする……が、今となっては後悔していないです!(私信)あと、夏の愛媛はいいところでした。

さて、2009年も後半になってくると、そういった諸々がだんだん重みをもったものとして響いてきます。いままでは誤魔化せていたものが誤魔化せなくなってくる。なんにも進まないしなんにもしない日々が続いて、たしか11月に入ったくらいだったかしら、しばらく研究室に行かなくなったことがあった。行かなくなったねー。ひきこもって何をしていたのかも正直あんまり思い出せない。アニメ見てたのかな。しばらくインターネットからも姿を消してみるあの手法を駆使することによって研究室の先輩に心配をかけてしまったということで(心配をかけることが嬉しいという気持ちが自分になかったという発見があった)、ちょっとがんばろうという気持ちを見せつつ年を越したり越さなかったりした。年末にインフルエンザに罹患し中間発表を休んだのは、仮病だったんじゃないだろうか、たしか、いや、よく覚えていない、もしかしたらほんとにインフルエンザだったような気もする。普段から嘘をつきまくっていると(言霊とかそれによる無意識の支配とかじゃなく)そのバリエーションのためにだいたい嘘じゃなくなるという瞬間がホイホイやってくるというのが持論である。病的につまらない嘘をつく癖はいまだにある。が、このときは結局インフルエンザだったのだという状況証拠がさっき出てきたのでたぶん実際そうだったのだろう。年を越した。

年が明けて、研究もなにもできていないにもかかわらずとりあえずをとこもすなる就職活動というものをしてみんと(略)した。わりと素直で保守的な人間なんでわりと普通にやった。というか研究室もう行きたくないという感じになっていたのでなんかやる気? が? 出た? 感じだった覚えがある。わりと普通にスーツ着てあっち行ったりこっち行ったりしていた。普通に内定出た。某鉄道会社であった。

なんかここまで書いてみて思ったけど、大学院を辞めたことの検死解剖にはまったくなってないな、まあいいか、あとでやろう。で、そうだ、そのころにはもう年度が変わっていたということになりますがそこからがだいぶつらかった。たぶんいちばんだいぶつらかった時期なんだと思うのでちょっと詳しく思い出してみることにする。待て次回。