じってんしゃー

深夜にひとり,自転車でうろうろするのが好きだ.

もちろん夜の街の非日常感というものが大好きだからということが大きな理由として挙げられるのだけれど,太陽に照らされていないという安心感も重要な要素のひとつだろう.

僕にとって,外界からなにか,薄い膜のようなもので守られている感覚がするものがいくつかあって,それは裸眼に対する眼鏡であったり,徒歩に対する自転車であったりするのだけれど.白日の下に晒されていない,夜の街というのもそのひとつだというわけ.

光を発するものと発しないものがはっきりと分かれてくれているのもうれしい.信号機があんなに明るいものだなんて,この習慣がなければ気付かなかったことなんじゃないかと思ったりしながら,人間がみずから発光しない生物でよかった,なんてことも考える.


そんな安心感の中で味わう,妙に現実味のない夜の街は,昼間と違い,その輪郭だけをうまくなぞらせてくれる.客引きのおじさんたちの言葉はギザギザした肌理を残したまま宙に浮いて流れていくし,酔っ払いたちが張り上げる声にはマシュマロのような弾力が.

そんななか,いちばんドキドキしてしまうのは,街中からちょっと外れて住宅街を走っているときに,レースのカーテン越しにうっすらと部屋の様子が透けて見える瞬間だろうか.友達の家で感じるあの匂い,心細くさせる一方でおなか奥底のほうから好奇心をずるずると引き出してくるあの匂いが,一瞬蘇ってくる.通り過ぎたときには,やけにコントラストの濃い,じっとりとした印象だけが残る.


初めて行った異性の部屋って,どんな感じだか覚えていますか?