最後に泣いたのはいつのことだろうと考えたときに、高校を卒業して以来痴話喧嘩くらいでしか泣いた記憶がないことに気づきました。君にしか涙を見せないなんて言えば聞こえはいいですが当然こんなものはただの情けない男宣言に過ぎなくて、そんな弱さを見せてくれるあなたが好きなの!って言ってくれるガールはいつでも絶賛募集中なんですが!
じゃあ最も古い記憶はいつのことだろうと頭の中を探ってみると、4歳くらいの夏の記憶に思い当たります。従兄弟たちと鳥取のどこかの浜辺へ海水浴に行って、経緯は全く記憶にないのだけど、つまづいてしまったのでしょう、思いっきり海水を飲み込んで、そのしょっぱさに涙目になったのが思い出せる限りでのいちばんむかしの涙の記憶のようです。
ただしこの記憶、涙が主題として据えられているものではなく、伯母の青いワンピースの水着がこちらに迫ってくる様ばかりが脳の裏側に焼き付いている記憶なのです。あえて言い表すとすれば、恐ろしかった。水平線を背にして、ぎらりとした陽光を遮りながら迫ってくる青いワンピースの水着が。砂の貼り付いた肌が脂肪で揺らされている姿が妙に生々しく見え、その瞬間だけ周りの子供達の叫び声や、眠たくなるほどどろどろと繰り返される波の音が消えて、皮膚から、髪の毛から、水分が蒸発していくのを、やけに鮮やかに感じるのです。あまりのしょっぱにぎんぎんと冴える頭の中で。
僕の中のインセストタブー的ななにかがこれを性の目覚めとは呼びたくないと叫ぶのですが、たまに小さい頃の記憶を呼び覚まそうとするときなどに必ず開けてしまうパンドラの箱なので、これはやっぱりそうなのかもしれません。
そんなことを考えながらさて今までのハナクソみたいな人生の中でいったいいつ泣いてたっけかと*1さらにうんうんうなってみるのですが、そういえば物心ついてからはずっと悔し涙で通してきたような気がします。スポーツが本当に苦手で、そのくせ小学生のころはソフトボール、中高ではバレーボール*2を部活動としてやっていた、その時のことばかり。ことあるごとに自分の不甲斐なさに涙していたことが思い出されるのです。
同じ練習してるはずなのになんであいつらばかり上手くなるんだよ。とか。なんでこんなに下手クソなんだよ俺今までこんなに苦しい思いして何やってきたんだよ。とか。努力と愛(!)が足りないから上手くなれないんだと分かっていて、だからこそ悔しくて、出来るだけ人に気づかれないようにぐずぐずと涙をこらえていました。それでもスポーツなんてものがどうしても嫌いでしかいられないものですから、自主的な努力なんて結局しちゃいませんでした。当時から薄々気づいてはいたのですが、ほんとうに努力するか部活動なんてやめちまうかどちらかを選ぶべきだったのでしょう。そうすればあんなふうに泣くこともなかったのに。
ただ、そんななかで、一つだけ大切な思い出があって。
たったひとりのマネージャーの女の子はずっとまえにもうセッターのアイツのものになっていたんだけど、いちどだけその彼女が僕に、堪えきれなくて水飲み場で一人佇む僕に、微笑みながらスポーツドリンクを渡してくれたこと。溶かした粉が多すぎたのか、ちょっとしょっぱい味がした思い出が、あって。*3
そうなんですよ。泣くと、なんだかしょっぱいんですよね。鼻水もしょっぱいし涙もしょっぱい。心もしょっぱい。
まあいいや。そうやってなんだかしょっぺえ話になってしまいましたが、昨日、というかもう一昨日か。13日は僕の誕生日でした。泣き虫だと自覚していたつもりがそういえばいつの間にか全然泣かなくなっちゃいました。自分のことでは悔しくて泣いてばかりで、そのくせ身近な人が死んだときでさえ泣くことのできない僕が泣き虫だったなんておかしな話なんですが、それでもやっぱりあのしょっぱさが嫌いになれないのは僕が今日も泣き虫である証拠なんでしょう。