今まで読んだことがないという体たらくでありました、テッド・チャンの短編集『あなたの人生の物語』。構成と主題の組み合わさり方が美しいのはもはや当然として、SFの本懐というべきか、ものごとをまったく別の視点から照射するそのやりかたがあまりに鮮かな一冊でした。
以下、すべてではないにせよ個別の短編の感想とか。っていうか、今読み返してみたらあらすじの説明に終始しているぞ!まあいいや!!
理解
高次の知能を獲得していくと最終的に超能力戦にしか見えなくなるっていうのが笑えるんだけど、それはともかく。ある意味では、お猿さんにとっての人間知能ってどんなものなんだろうっていうか、幼年期の終わりというか、そんな感じで、とくに「陳述の変更が全文法の調整をもたらす」言語についての記述はやっぱりゾクゾクしてしまいました。
あなたの人生の物語
目的論的な思考方法が最終的にトラファルマドール星人にまで至るっていう話。構成がむちゃくちゃうまいわー!!
これに限らず、「ゼロで割る」や「理解」といった同書の他の短編についても、さらにはイーガンや円城塔についても、むしろフィクション全体についてと言うべきなのかもしれませんが、作家自身は作中の新しい概念(根本的な目的論的解釈や塵理論やレフラー球や)の描像をどのくらい直観的に把握して言語化してるんだろうってことがどうしても気になってしまいます。それ自体がフィクションというもののひとつの要なのかもしれませんけれども。
たとえ僕が四次元以上のユークリッド空間の性質を知り尽くしても視覚的にイメージできないのと、同じようなものなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。よく訓練された数学者はそれくらいのこと簡単にイメージできるって?
七十二文字
ゴーレムがほとんど「科学的」に成り立つ世界でのお話。このへんは同書の短編「バビロンの塔」や「地獄とは神の不在なり」にも通じるのですが、前提としてまったく違った世界のなかで、我々の現実における科学的なリアリズムを通底させるってやり方で物語が語られます。最初のうちは錬金術世界におけるラッダイトの話なのかと思ったけれど、前成説とゴーレムの再帰性のあいだに関連を持たせた上に、あのオチに持ってくるのは、なんかもう上手いとしか言いようがないです。
地獄とは神の不在なり
実際に天使(美少年とかじゃなくて、もっと怪物的な意味での天使)が降臨し奇蹟を起こす世界でのお話。キリスト教的な信仰について書かれた小説は、ドストエフスキーからジョイスからカミュまで、いくつもありますが、信仰についての問いがここまで簡潔に網羅されてるものはちょっと見たことがない。ある意味、それについてしか書かれていないからこそってのはあるのでしょうけれども。