『文体の舵をとれ』練習問題(3)「長短どちらも」

問一:一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文(間投詞や体言止め)は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。

 今日も妹が泣きながら帰ってきた。今日も柳くんが泣かせたのだ。だからまたぼくは腹を立てた。ぼくは今日もまた腹を立てた。怒ったぼくの力は学校を動かすほどだ。怒ったぼくの気迫は町内を覆うほどだ。ぼくが柳くんちに殴り込むのだ。ぼくが仕返しをしなきゃならない。だけど柳くんの家はちょっと遠い。柳くんの家は三丁目のはじっこだ。それにあたりはすっかり暗い。六時に帰らなきゃぼくが怒られる。だのにぼくの自転車は壊れている。チェーンが外れてギアはだるだるだ。自転車のないぼくになにができよう。ぼくには殴り込めず仕返しもできない。明日にはこの力もしぼんでしまう。明日にはこの気迫もしぼんでしまう。妹よ、妹よ、ぼくになにができよう。妹よ、妹よ、ぼくにはなにもできない。

問二:半〜一ページの語りを、七〇〇文字に達するまで一文で執筆すること。

 数日前から塗り替えがはじまり、前日にはまったく塗り潰されていた、立体交差をくぐった先に見える看板にまさに描かれつつある、歯ブラシをくわえながらもどうにか笑みをつくろうと顔をゆがめる女の塗られたばかりの白い歯に目をやった瞬間に、背から腹を抱える腕の力がゆるんだと感じて、続く交差点にそなえ車線を変えようと後方を確認するついでに、危ないからちゃんとつかまれと言ってはみたもののやはり伝わらない様子だったから、スピードをゆるめ、英語だとどうだったろうかと迷ううち、後続のトラックに追いこされ、威圧感とともに横をすりぬけられ、取り残されるままに腕はだんだんほどけてくるようで、そうだホドミだ、ホドミ、ホドミタイと叫びながら車線を移せば、後ろの日本人がオッケオッケと、なにがおかしいのかやけに弾んだ声色で、せんだってよりずっときつく抱き付いてきたときの腕の感触が、それから空港に着いて金を受け取り、すぐに別の客をとって市街まで戻る道中も、それどころか今こうやって飯を食ってる最中も忘れられないままで、おかしなもんだと思い浮かべつつバオが腹をさすると、いっぽうのミンは、バアさんヌクマムが空だから持ってきてくれと瓶を振って、そんなにいい女を乗せたのかと笑い、バカ言え男だと答えようとするバオを制して、そういえば大カーブ、彼らは空港に向かう最後の大きな交差点に続くカーブをそう呼んでいたのだが、大カーブの手前の看板に最近描かれている、だからバオは看板というきっかけについては発話しなかったのだ、その新しい看板絵、屋台の裏手にも同じポスターが貼ってあることに二人は気付かないが店主は知っていて、これのことだろうねえ、その歯ブラシの広告のモデルは俺の姉貴の友達で、ほんとうさ、いっぺん寝たことがあるんだが、嘘だ、バオは気付く、ミンはわかりやすいやつだから、その絵の女より美人だったか、それほどでもないねえとひとりごちる声がする、そんなさまを思い浮かべながら離陸を待っていた。