Interior Chinatown - Charles Yu

きっかけは、千葉集さんが最近やっている短編まとめです。

Charles Yu, "Problems for Self Study"(2002) - 短篇企鵝

このProblems for Self Studyを読んで、おもろいやんけと思ったんですよね。たんに形式だけみれば(少なくとも今となっては)そこまで新奇ではないものの、それこそ上記で千葉さんも書いているとおり、「記述形式の特異さとその必然と読みやすさとエモさと通俗性がすべて高いレベルで成立している」。別の言い方をするなら、お話自体は良くも悪くもメロドラマであって、ただ、その語り方が妥協なく最適化されている話だった。あと、全体に悲観的な内容にもかかわらず、そこここで出てくるお茶目な文章が好きだったってのもある。

というわけで、おもろいならば、もうちょっと読んでみるのがいい。チャールズ・ユウには既訳の作品がいくつかあります。

  • 『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』
    • 長編。円城塔
    • 邦訳刊行からほどない時期に読んだはずだけど、あまり内容を覚えていない。とっぴな感じを出しつつ、軸としてはまっとうに家族の話だな……みたいな印象だったはず
    • 家のどこに置いてあるのかわからなくなっていたため、この時点ではいったん再読を断念(Kindle版が格安ということで、結局Interior Chinatownを読んでる途中に買い直したんだけど)
  • NPC
    • 短編。中原尚哉訳。『スタートボタンを押してください:ゲームSF傑作選』所収
    • 「プレイヤーキャラクターはNPCと違っていろんなことができるけど、操作されてる」ってのがしっかりフックになってる……んだけど、恋愛要素にちょっととってつけた感が強い気もした。短いからかな
  • 「OPEN」
    • 短編。円城塔訳。『2010年代海外SF傑作選』所収
    • とっぴな設定が好き。オチがやや駆け足すぎる気がするんだけど、絵面は抜群にいいし、恋愛の終わりの機微みたいなのはなんか沁みる
  • 「システムたち」

結果、(「システムたち」はまだ読んでいないものの)もしかしたらある程度の長さがあったほうがおもしろい人なんじゃないかと考えました。そして、どうやら未邦訳ながら2020年に全米図書賞を受賞した長編があるらしい、と。そう、みんな大好きあの全米図書賞だ。

日本語で読める本書の紹介としては以下あたりでしょうか。

やっぱり形式が特殊で、実質的には中編くらいの長さ、英語はそこまではむつかしくはない……のかな? というわけで、読んでみることにしたわけです。おおまかな内容や魅力については上掲の記事を読んでもらうのが早いと思うので、以下ではそれらを前提にしつつ、簡単な感想を書きます1

  • ドラマの脚本「ぽい」形式
    • あくまで「ぽい」であって、脚本として読むものではとうぜんない
    • これにはもちろん、われわれの現実と、物語内の基底的な現実と、そして劇中劇との間の境目をあいまいにするという効果がある
    • ……あるんだけど、それ以上に、「誰かに強いられた(と感じられる)悲劇あるいは喜劇を、演じている」という形でようやくやっていけるような(そしてその形でようやく描けるような)痛切さのための形式でもある
    • この痛切さは以下の「家族について」と「アジア人差別について」の両方にかかってくるもので、そういう意味でこれ以上ない形式に感じられてしまう
  • ミクロにはやっぱり家族についての話。しかも、かなりウェットな
    • 厳しい父と優しい母の描写、彼らが老いてゆく様子、主人公の恋愛そして娘との対話などなど、どれもくどいくらいに感傷的で、ちょっとしたところで茶目っ気を出しつつも、畳みかけるように泣かせにくる
    • もちろんというべきか、彼ら家族の受難には以下のアジア系移民の扱いというものが絡んでいる
  • マクロにはアメリカにおけるアジア人(アジア系移民)差別についての話
    • ステレオタイプが生む歪みがこれでもかというくらい戯画化されており(東洋人が登場したなら、どこからともなく銅鑼の音がしたり)時に笑ってしまうのだけど、それだけに、そうとうシリアスな怒りがあることもやはり伝わってくる
    • ショービジネスの世界を舞台としているって点からして、同化への「憧れ」(と言ってしまうと雑なんだけど)の扱いがとくにシビアに感じられるところでもある
  • で、両方に対しての答えとして、(これまたすごい雑にまとめるなら)「(過去を背負いつつ)みずからの生を生きよ」っていうあるいみベタベタなところにまとまるんだけど、それを端的に示す最終盤のシーンがすごすぎる。無茶苦茶で笑えるししかも切実な、これしかないってオチで、ここはぜひ読んでほしいと思うところだった
    • ……こう書くとマクロな話に対して個人の対処で済ませようとしているみたいに見えるな。最終章の舞台が裁判所であり、アジア系移民の歴史も含めてアメリカそのものが問い直される部分でももちろんある
  • 英語はたしかに読みやすい気がする
    • 脚本という形式からして、とにかく場面設定が把握しやすい!!!!
    • ふだん英語の小説を読まないからはっきりとは言えないものの、とはいえそんな人間にもどうにか読めたわけだし、易しいほうだと思う
    • すげー長い文がちょいちょい出てくるものの、複雑というわけではなく、順なりに読んでけば大丈夫なタイプの長さなのでそこまで問題にはならなさそう

そう、だから、もちろんマクロなテーマはしっかりしつつ、「お話自体は良くも悪くもメロドラマであって、ただ、その語り方が妥協なく最適化されている」というものでもあったんですよね。

そんなわけで、同じく家族の話であった(と思う)『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』についても、それを念頭に置きつつ、(ときには「これだこれだ!」みたいに感じつつ)もういちど読もうというモチベーションが湧いてきたのでした。


  1. 最近、なにかを読んだきっかけを残しておくことは、もしかしたら読んだそのものについて残しておくよりも大事なんじゃないかと思っていることもあり、むしろここまでをメインと考えてほしい気もしています。どうしてふだん本を読んだときにもそういうブログを書かんのかと言われれば、そりゃおめえ、おれがめずらしくえいごのほんをよんだからにきまっとるじゃろがい。