2023-04-28

会社近くのセブンイレブンのまえに、ときどき犬がつながれている。いつも同じレトリバーだ。でかくて、黒くて、つやつやしていて、年老いていて、それからおとなしい。金持ちの犬。店を半端に囲む背の低いコンクリート塀の陰が彼女(彼かもしれない)の定席だ。

三時のおやつになにを買おうか半口開けて思案しいしいな男がそこにやってくる。塀の内側をみおろせるくらいに近付いたとき、でかくて黒い物体が男の視界にぬっと現れる。これはびびる。例外なく驚いてしまう。うち三度は実際に小さなうめき声さえあげている。それからひと心地つき、(でかくて黒いだけでなく)つやつやしていて年老いてもいるなと気をとりなおしたのち、草餅とコーヒーでも買おうかとようやく入店するはめになる。白もちたいやきにしようかと迷ったりもする。ずっと座っていておとなしい犬だ。彼女をみかけた回数なら両手で数え切れないほどあるけれど、同時に店内にいるはずの飼い主がどれだろうなんてのは一度も考えたことがない。でかくて黒くてつやつやしていつも同じ場所にいる犬よりも、人間のほうがよっぽど見分けがつきづらいものだし。会計を済ませてレジ横でコーヒーを淹れる頃合いには、早くも彼女のことなど意識の外だ。かといって店から出てなお彼女がいたところで驚かないし(自動ドアの内側からはよく見えるのだ)、だからこそいなくなっていたからといってなにかを感じることもない。ただただ、毎回、驚かされるというだけ。もちろん彼女とて三時のおやつになにを買おうか半口開けて思案しいしいな男を驚かせるためにそこにいるわきゃないのだけれど、こちらとしてはまさに自分を驚かせるためだけにそこにいるように思えてしまう。犬の一生は人間のそれより短いし、犬だって人間だっていつまでもそのコンビニに通っているわけじゃなかろうから、そういえば驚かされることがなくなったといつか思い返すことはありそうで、けれどもそのタイミングというのはずっとあとになってからしかわからないのだろうなとも考える。