第五の御使ラッパを吹きしに

そうだな、たしかにあいつは、おれと同じ褪せ人だった。エビが好きなやつに悪人はいねえ。おれはそう思ってる……思ってはいるが、やっぱりものごとには例外ってものがあるんだろうな。……いや……そうだな、悪いやつだというのも違うかもしれねえ。けどやっぱりあいつは……うまく言えねえな。

あいつにはじめて会ったのは、おれがリエーニエの東屋でエビを茹でていたときのことだ。あのときあいつは、たしかに誰かのことを……とあるお嬢ちゃんのことを心配してたんだ。褪せ人なのに誰かのことを心配するなんて、甘っちょろいやつだと思ったよ。だけどとにかく、だからな、悪いやつじゃなかったのさ。なんたってエビも好きだって言うしな。……だけどそうだな、何があったのかってことは、あんまり話したくねえ。この狭間の地でやってくんだったら、そういう後ろ暗いことのひとつやふたつ、あるもんだろう? とにかく、はじめて会ったときのあいつの印象ってのは、そんなもんだった。

それからしばらくして、エビだけじゃ物足りねえと思ったおれは、そのあたりから北へ向かったんだ。いくらか転々としたあとに、拠点を王都の外廓に移した。なかなか旨いカニがいる場所を見つけたんだ。ひでえコブだらけのカニだが、これが茹でてみるとなかなか旨い。いろいろ試してみたが、いまだにあそこのカニが一番だ。いや、もちろんそのまま食うんじゃねえぞ。茹でるんだ。茹でるには塩加減が大事で……いや……話が逸れちまうな、悪い、あいつのことだったよな。

外廓でもう一度会ったあいつは、なんていうかな……月並みな言い方にはなっちまうが、ずいぶん変わってやがった。いや、見た目がどうこうっていうんじゃねえ。あいつの戦い方、それから、その……なんていうかな……戦いへの態度みたいなもんがな、違ってたんだ。

そうだな、強くなってたよあいつは。それもずいぶんとな。おれはいつも、例のコブだらけのカニどもをやっつけるのにさえひどくてこずっちまってた。だけど、そのときのあいつは違った。あいつが右手に持った得物がよ……。リエーニエで会ったときに持っていたのと大きさもたいして変わんねえんだが、飾りがな。えらくごてごてした剣を使ってたんだ。ああ、キラキラしたのが好きな奴もいるんだろうな。俺はあんまり好かねえけどよ……。

おっと、見た目はいいんだよ。それよりあの剣がすごかったのは、構えたあとに振り抜くとな、なんだか光の帯みてえなのが出てくるってところさ。最初に見たときはたまげたもんだ。伝説の剣ってのは、ああいうのを言うんだろうな。おれだって長いことこの狭間の地でのらくらやって、人をぶん殴たり殴られたりするようなことだって数えきれないほどあったけどよ、あんな得物は一度だって見たことがねえ。それをあいつは振り回して……いや、振り回すなんてほどのものじゃない、おれがへとへとになるまで取っ組み合ってたカニを、ひと撫でふた撫ででやっつけちまったんだ。

まあ、そんな得物を持っちまうとな、性根だって変わっちまうもんなんだろうよ。甘ちゃんで、それでも見所のあるやつだとは思っていたあいつは、俺が大事に茹でてたカニを山ほど持ってって……いや、そのぶんのお代ならちゃんとくれはしたんだが……おれのことなんか忘れたみたいによ、さっさとどっかへ行っちまった。ああ、あいつのことでおれが話せるのはそのくらいのもんさ。

……それで、おまえもカニが欲しいんだろ? いいぜ、売ってやるよ。カニ好きにはいい奴しかいねえってな! ……本当にそうだったらいいんだがな。


ありがとう! 貴公が俺の尻を殴りつけてくれたおかげでどうにか穴から抜けることができた。なかなかに見事な一撃だったぞ! このような狭間の地にも貴公のような者がいてくれるのだな……。なにも彼奴だけではないということだな。

ああ、以前にもな、今の貴公と同じように、穴に嵌まった俺の尻を殴りつけて助けてくれた褪せ人がいたのだ。何? そやつのことが知りたい? ……うーむ……うーむ……そうは言ってもな……数度なら顔を合わせ、その度にまた会おうと約束を交わしたものだが、肝心のあの祭りには結局顔を出さずじまいだったからな……。今はどこへいるのやら……俺はな……あれこそ英雄ではないかと見込んでいたというのに……。

……ん? 貴公は知らんのか? 祭りといえば、そんなもの、ラダーン祭りに決まっているであろうが。朱く腐ったケイリッドの野、その南端にある赤獅子城で行なわれる戦祭りのことだ。貴公だって卑しくも戦士のはしくれなら、耳にしたことくらいはあるだろう。まあ、俺も伝承の中でしか知らなかったのだから、人のことを言えたものでもないか。……ただ、そうだな、その祭りも、結局のところたいしたものではなかったのだが……。

そうだ、俺はその戦祭りに参加したのだ。始まる前こそ、かの戦神、破砕戦争最大の英雄、星砕きと称される将軍ラダーンと見えると聞き、この俺とて身震いをした。それほどの祭りなのだ。それが……それがな……なんだあれは。あれでは腰砕けではないか。

いやな、聞いてくれ貴公。俺はな、その祭りを恐れつつ、しかし楽しみにもしていたのだ。かの将軍ラダーンと相対すというのだから、当然のことであろう。俺は、とても立派とは言えない、臆病者の壺だ。だがそんなダメ壺でも、あの破砕戦争を戦った戦士たちのように、強大な敵に挑み、戦い抜くことができれば、より固い壺に、より勇ましい戦士になれると、そう考えていた。これが武者震いせずにいられようか。だがな……だが、それだというのに……戦ってみれば、どこが星砕きだというのか、どこが戦神だというのか、あんなものはただのこけおどしのでかぶつだ。大袈裟な身ぶりから繰り出されるのは、まるで綿のような一振り。こちらが一撃ぶつければ、軟体のようにぐにゃりと柔い。あれではとても将軍とは言えぬ。まったく期待外れの祭りであった。

そうだな……そうか、だから、彼奴はすでに知っていたのかもしれない。だから現れなかったのかもしれない。きっとそうに違いない。あんなものは相手にするでもないと分かっていたのだ。してみれば、たしかに彼奴はそのようなことにも敏い戦士であった。英雄にはそのような賢しさだって必要なのかもしれない。俺のように力まかせだけではいけないと、そういうことなのかもしれぬな。

してみれば、俺はやはり未熟な壺ということよ。

であれば、またいつか、この狭間の地のどこかで彼奴と出会いたいものだ。いや、きっと出会えると俺は信じている。……ほら、見てくれ、なかなか立派な壺ではないか? これはな、俺が彼奴のために作りかけていたものだ。彼奴は褪せ人だからな、俺と違って頭は脆い。だから俺のように、固く立派な壺を被るとよいと思ってな。

であれば、いつか再会のときに備えて、この壺頭、もっと立派に作り上げねばなるまいな。ワッハッハッハ。


……私の話?

……私は一度、裏切られたことがある。そう、たしかに私は不実だった。あのひとを試すような真似もした。けれど……。

……指の巫女の真似事をするのは、楽しいことだった。あのひとが得たルーンを力にするための、手助けをする。もちろんそれが、私自身の使命のためであると、一度だって忘れたことはない。けれど、それだけではなかったの。あのひとがどんな力を得て、これからの旅路を、どんなふうに切り拓いていきたいのか。あのひとを知り、あのひととともに歩んでいく。そのことが、あんなに楽しいのだとは、思ってもいなかった。

……はじめのうちは、生命の力を強めようとしていたことを、覚えている。この世界がいかに壊れ、苦痛と絶望があろうとも、生があることは、きっと素晴らしい。だから、彼こそはエルデの王に相応しい褪せ人なのかもしれない、私はそう思った。そしてあのひとはついに、デミゴッドを斃した。学院では、産まれなき者の力を手にもした。たしかに、あのひとはエルデンリングに導かれていた。

……いま思えば、あのひとが変わってしまったのは、かの宝剣を手にしたことがきっかけだったのかもしれない。あれから突然、理性を恃み、そしてまた、山嶺の巨人たちを篤く敬うようにもなった。もちろん、私が口に出すようなことでないのは、わかっている。私自身、それでいいと思ってもいた。そのような道もあるのだろうと。そしていつのまにか……高原に足を踏み入れたころにはもう、あのひとはかの宝剣をすっかり使いこなすまでに至っていた。

……ええ、王都を……黄金樹を目の前に臨んだ私は、知らぬまに浮かれていたのでしょう。亡者たちを、怪物たちを、巨人たちを、意のままに屠るあのひとの面持ちが、すでに尋常のものでなかったことにさえ、気がつかなかったのだから。私の目には、あのひとが自らの使命に活き活きとしているとしか、映っていなかった。それこそが次なるエルデ王の姿であるとしか、映っていなかった。だけどいまならわかる。あれはもはや、尋常の姿ではなかった。使命の達成を目前にした私の目は、そんなことにも気づかぬほど曇っていた。

……王都に着いた私たちは、そこで別れた。私があのひととの契約を終わりにした。私たちは、黄金樹の麓に辿り着いたのだから。あのひとはきっと王になる、なれるのだと、私が信じたから。次は私の番。この地で私の使命を見定め、あのひとが王になるための糧となる、その術を見付けなければならない。そう思って、私達は別れ、そして……私はあのひとを待った。

……けれど、そこまでだった。あのひとは二度と現れなかった。あのひとはどこかへ消えてしまった。あのひとを信じた私を置き去りに、トレントとともに姿を眩ませた。あのひとはきっと、間違いなく、王を目指すのだ、私はそう信じていたというのに。

……そう、はじめのうちこそ疑っていた私は、いつしか、あのひとを信じられるようになっていた。ともに旅することを楽しむようになっていた。エルデンリングに導かれていたからという、それだけではなくて。ルーンを力にしようと差し出された、あのひとの手の温かみを、私はいまでも思い出す。マリカの言葉を伝えると、神妙に頷く、あるいは、戸惑ったように目を背ける……あのひとのことを、私を裏切ったあのひとのことを、私はいまでも思い出す。祝福でのひとときを、私はけっして忘れないでしょう。けれどきっと、あのひとはそうではない。いまならわかる、別れ際のあのひとは、私のことなど目に入ってはいなかった。そしてあのひとは消えた。きっと私のことなど、忘れてしまった。

……だけれど、いったいどうしてなのか、私にはいまもわからない。トレントはどうしているんだろう。トレントはいまでもあのひととともにいるのだろうか。


あんた、新しい褪せ人かい? ……なんだね、人探しかい。褪せ人でもない者がここに来るなんて、いつ以来だったか。これも大いなる意思のお導きかね。それとも、大いなる意思にだって気紛れがあるってことなのかね。

ああ、その子のことなら私も知っているよ。大ルーンをふたつも持って来るような褪せ人なんて、この私でさえ、その子を含めて二人しか見たことがなかったからね。だから、よくよく覚えているさ。指様もたいそう期待しなさってた。私が餞別さえ渡してやった子だ。……ただ、そうさね、いつごろからだっただろうかね、とんとここには現れなくなったよ。

知っているかい? 褪せ人というのは、戦いのなかで変わっていくものだということを。そりゃあ、良いほうに変わることもある。だけれども、いつだって最後には、悪いほうに変わっちまうものなのさ。もちろん、指様、ひいては大いなる意思にとって良いか悪いかって意味だよ。この婆には……この婆にとっては、どれも同じ褪せ人、かわいい子たちさ。私が見てきた子たちは、みんなそうさね。ここに入り浸っている子たちだって、似たようなもんだよ。

だから、あんたが探している子だってそうだった。あの子もどんどんと変わっていった。はじめは頼りないなりをしていたのが、大ルーンを探し、戦ううちにに逞しくなる。知恵だってつきはじめる。やたらにごりっぱな武器を振り回してみたりもする。そこまではいいのさ。……そんなふうにさえなれない子だって、いくらでも見てきたしね。

だけどね、あれは……それこそ私が、餞別を渡してやってからほどなくだったかね……。悪いね、私みたいな耄碌には、何百年だって何日だって違いが分かりゃあしないのさ。だから、すぐなのか、それともずいぶん経ったのか、ちっとも分かりゃしないけれど、ともかくその後のことだ。

そのあるときね、その子が、なにか不思議そうな顔をしてこちらにやってきたのさ。聞けば指様の言葉を知りたいんだと。殊勝な心掛けだと思ったもんさ。あのギデオン坊やだって滅多にそんなことをしには来ないからね。もちろんすぐに教えてやったさ。するとどうなったと思う? その子はね、指様の言葉を聞くうちにだんだんと、どこか憤ったような、だけども一方で得心がいったような顔になって、それからここを出て行ったのさ。あれはまるで指様を、いや、大いなる意思をさえ呪うような、そんなふうだったね。

それからしばらくは、あの虜囚のところへ何度も通っていたよ。そうさね、見るたびに違うなりをしていたね。違うなりで、けれどもいつだって同じ不満そうな顔をして。……ああ、ああ、私には分かるよ。あの子は何度も生まれ変わっていた。琥珀の卵のを持っていた子だったから、おおかたレナラのところにでも通い詰めてたんだろうさ。私には分かるよ……そんな子は、これまで何度も見てきたからね。そして、そういう子はみんな決まって、いつのまにかいなくなるものなのさ。

ただ、その子だって……いや、ここに現れなくなった子たちはみんなそうに違いない……みんな、きっとどこかでうまくやっているのだと、この婆は思ってるよ。何度も生まれ変わって、得物を次々に変えてみたりして、楽しくやっているんだとね。行ってしまったって、みんなこの婆が目をかけてやった子だからね。指様の言葉がなんだい。あの子が生まれてきたのは、大いなる意思のためなんかじゃないのさ。……おっと、この婆がそんなことを言うなんて……ちょいと喋りすぎちまったかもしれないね。

……なんだい? きっかけになった指様の言葉が知りたいって? そうさね、たしかこんなふうだったかね。

「ラダーンの大過は、大いなる罰に値する」

「霜踏みは、写し身の雫は、大いなる罰に値する」

「そして夜と炎の剣は、大いなる罰に値する」

「本アップデートファイルを適用した際のタイトル画面右下のバージョン表記は以下の通りです。App Ver. 1.03/Regulation Ver. 1.03.1」1


  1. 今月ようやくDLCが出るということで、以前書いて少部数頒布したエルデンリング二次創作SSを公開しました。