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都市

三次元的に入り組んだ石造りの城塞都市がある。どの通りもせいぜい人がすれ違えるほどの幅しかなく、道なりに進んでいるといつの間にか先刻は見上げていたはずの渡り廊下を歩いていたりする。今日あった道は明日にはない。街で最も頻繁に出会う職業は大工と左官で、しかしみな死んだ魚の目をしている。私はこの街の郵便配達員で、今日も抽象究まる住所の記された手紙を左手に困惑している。そもそも番地などというものを置くことのできない都市であるのだから、そんな状況は毎度のことで、それでもどうにかやってきた私は、いまもこの都市で暮らしている。どこから給与が出ているのかは知らない。具体的な順路、つまり相対的な位置が書いてある場合はまだよいのだけれど、差出人が独自に絶対的な座標を書こうものなら私はそれを一日がかりで解読しなければならない。解読できたと自信を持てたことなど一度もない。差出人も受取人も、そんなことはどうでもいいらしい。それでも給与だけは毎月出ている。繰り返そう、どこから出ているのかは知らないのだ。

そして今日も駆けずり回った末、きっとここだと見当をつけた、石壁に空いた尖頭アーチの向こう。くすんだ色に染められた絹で木目細かに織られ、複雑な模様をした、薄く大きな布の向こう。扉などない、たった一枚の布に隔てられたその先で、千夜一夜物語に出てきそうな(私はその本をどこで読んだのかは知らない。住所として知ったのかもしれなかった)半裸の女性がベッドに腰掛け、蝋燭の光に照らされながらこちらを見透かしている、そんな予感がする。