読んだ。
現代のビデオゲームにサウンドがともなうのは当たり前のことのようにおもえる。けれど、ほんとうに当たり前なのか。もしそうでないとすれば——というか、音ゲーのように直接メカニクスに組み込んでいるものを除けば当たり前とはいえないのだけれど——どうして「当たり前」とみなされるほどになったのか。このような問いに歴史と構造の両面からこたえていく……みたいな感じの本。
特徴
本書の特徴はいくつかある。まず、書名のキーワードが「ゲーム音楽」であるにもかかわらず、効果音なども含めたゲームサウンド全般を扱っていること。
また、複数の視点から歴史を追ってくれるのもおもしろい。第1章で(ビデオゲームだけではない)ゲームやスポーツ一般におけるサウンドのありかたをざっと整理したうえで、以降第2章から第4章までは現在のような状況がおおむね定着したといえる時期までの過程について、前史たるエレメカの時代からたどっていく。このあたりは、技術面や設置環境、商業的な要請、他メディアからの影響など、制作者側からみた歴史といえる。そのうえで、第5章ではゲーム音楽を独立して聴くような音盤化の歴史、第6章では受容・批評のされかたの歴史と、さらに別々の視点からも改めてその歴史がひもとかれている。
そしてもうひとつ、なにより最後の第7章で理論的な考察に踏み込んでいることが最大の特徴じゃないだろうか。「どうして当たり前とみなされるのか」という問いに答えるには歴史の考察のみでは不十分で、それが実際に必要とまで思われる理由=構造についても考えなければならないというわけ。ゲームスタディーズ周辺のゲームサウンド研究を紹介しつつ、独自の分析が試みられている。
個人的な興味の方向性もあって、この「構造」の分析について以下でもうすこし詳しくみていきたい。とはいえ細かな気配りをすっ飛ばしてるし自分の独自解釈みたいなところもあるので、疑問に思ったら実際の書籍をあたってほしいです。
情報と装飾
ポイントは、もし(メカニクスとして必須であるという特殊な事情のあるケースを除いて)プレイヤーがサウンドになんらかの価値を認めるのだとしたら、まずはプレイ行為そのものにおける機能性に端を発するであろうという点。
もちろん機能を持つサウンドとひとくちにいっても、ゲームの有利不利に強く影響するようなもの(強いシグナル)から、足音やジャンプ音のようにエージェンシーの感覚を強めるもの(自然なシグナル)や状況をそれとなく伝える環境音のようにプレイヤーの行動への関与の度合いが低いもの(弱いシグナル)までいろいろある。
このうち、強いシグナルに情報としての価値があるのはわかりやすい。また、ビデオゲームには「操作」がともなうことからして、プレイヤーはその操作がゲーム内に反映されているかどうかを自然と意識する(逆に言えば、なにか音が鳴ったときにそれが自分の操作によるものなのかを意識する)ことになる。そのとき、動作音などはプレイヤーの行動に対するフィードバックとして機能している。まずはこうしたプレイのために直接役立ったり身体性を強めたりといった機能があることで、プレイヤーはサウンドを聴取しようとする1。
ただ、これだけではない。環境音やBGMなど弱いシグナルもゲームの世界に没入することにつながりうる2。とはいえ、このようなサウンドはじめのうちは「必須」ではないことに注意しよう。当初は上述のようなサウンドに対して副次的にのみ関与するものであり、ある程度プレイを続けるうちにようやく愛着が生まれ、没入に必須のものとなっていく。
つまり、ゲームのサウンドには、シグナル=プレイ行為に対する意味として捉えられる情報としてのサウンドと、ワールド要素=ゲーム世界における意味として捉えられる装飾としてのサウンドという2つの側面3があり、前者が先行しつつ後者にも価値が認められるようになるというわけ。
もちろん、ビデオゲームの多くがなんらかのシミュレーションである都合上、個々のサウンドが排他的にどちらかに分類されるというわけではない。多くの場合双方の側面を兼ね備えている。そのうえで、両方の目的を十全に実現できるとはかぎらず、時には(「わかりやすさとリアルさ」のような)トレードオフの関係があったりもする。
……と、おおよそこのような構造で「サウンドがあって当たり前」という状況が生じると主張されている、はず。
とまれ、こうした分析は本書のほんの一部でしかない。エレメカ時代のアーケードの音環境とか、インタラクティブミュージックの起源とか、「フィルムスコアリング志向か録り溜め志向か」という見立てとか、FM音源の受容のされかたとか、日本のゲーム音楽文化と海外のそれの違いとか、「独立した音楽として聴くのか記憶の再現装置として聴くのか」とか、「ふつうの音楽」に対するコンプレックスとか、とかとか、単純にビデオゲーム音楽史そのものに興味があるのであればふつうにおもしろい本なので、おすすめです!
- いちおう音自体の心地良さみたいな話もあるのだが、ゲームとの絡みという点でやや外れる(あるいは、ゲームと絡んだ時点で身体性のほうに回収できる)ので置いておく。↩
- 「没入」については以前 お前らの言うImmersionのニュアンスがわからない で考えた。本書のなかでもSCIモデルが大きく援用されていてやっぱりそうやねとはなったのだけど、(一度こうやって自分で考えたことがあるせいか)「没入」の過程の掘り下げがちょっと手薄でもどかしく感じるところもあった。↩
- これに加えて、やや特殊であると位置付けられる「メカニクスとしてのサウンド」をあわせたのが第7章のタイトル「メカニクス/シグナル/ワールド」というわけ。↩