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ちいちゃい人間記

本の末尾に著者の年譜が載っているとつい、その著者が自分と同じくらいの年齢の時には何をしてたのかと思い、ついついそこだけ読んでしまう。露骨に「自分はまだまだ手遅れじゃない!」と思いたいってことの現れなんだろうからいい加減やめたいんだけど、これがなかなか。
虹の彼方に (講談社文芸文庫)
ジョン・レノン対火星人 (講談社文芸文庫)
さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)
たとえば・・・・・・
僕は小説を二度三度と読み返すことをあまりしなくて、そのほぼ唯一の例外として「さようなら、ギャングたち」あたりの高橋源一郎の初期作品*1があるのだけれど、これらを読む度にしっかり巻末の年譜*2まで目を通してしまう。高橋源一郎について、ほう、自分くらいの年には灘高で遊び呆けてたのか、東大受験に失敗してたのか、土方やってたのか、と、初めて「さようなら...」を読んでからというもの毎度毎度目を通しているために、そのあたりのことはいつの間にか頭に入ってしまっている。しかも自分の現年齢より後のことについてはてんで興味がない。作家デビューしてからどんなふうにしていたのかほとんど知らない。*3

そんなこんなで、そこらの作家の20代についての知識ではそこらの文学青年には負ける気がしないという全く自慢できない状況なのですが、だれか共感してくれたらいいなあ、なんてさっき金子光晴の年譜を読みながら思ったのでした。

*1:「虹の彼方へ」が文芸文庫で出たときはほんとにうれしかった

*2:文芸文庫は年譜や目録がしっかりしているのがすばらしい。高いけど。

*3:そういや公式サイトの日記が2005年末で止まったままだ。