- オナニーは瞑想だ
オナニーはストイックでさえあるという逆説.一日のうちで最も心が静かになるときはいつか?それはまさしくオナニーのその高まりの中にある.そこにしかない.
感情というものを捨て去らなければそこに射精はない.理性にとっての最も鋭敏な瞬間というのは,同時に身体にとってもそうである瞬間にちがいない.
- オナニーはスポーツだ
いかにながく私は耐え得るのか.あるいはいかに効率よく肉棒に欲望を流し込むことができるのか.究極の合理性をめざすその姿はアスリートのすがたそのものではありませんか.
北京オナニー.
- オナニーはエネルギーだ
ひとを楽しませるオナニーというものがそこには存在する.これは比喩であり同時に比喩でない.オナニーとむすびつくことでインターネットはここまでの発展を約束された.オナニーをすることで今日という日を終え,まったく新しい明日に正面から立ち向かうことができる.ネクストをインスパイアするのは日立だけの特権ではない,僕の股間の気になる木なんだ.
- オナニーは芸術だ
いかにアーティスティックな射精をするか,ということでしょうか.その軌跡が素晴らしいものになるよう鍛錬を?それともジャクソン・ポロック気取りのやり方で?
いや,私にとって興味があるのはむしろその射精のタイミング.いかに無駄なくシークバーを動かし,あるいはページをめくるかということ.あるいは眼前の彼女といかにオルガスムスをシンクロさせるかという,すべての瞬間において気を抜くことのできない自分との闘いとしてのオナニーでしょう.
街に出て周りを見回してほしい.そしてそこで見える男性ひとりひとりが,すべてオリジナルな求道者であるという奇跡を味わっていただきたい.
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追記
大事なことを書き忘れていました.今回のエントリはid:yoghurt先生のこちらのエントリに触発されたものなのでした.*1