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悲しき熱帯 - クロード・レヴィ=ストロース

前半部分を1週間ほどで読んだのに比べ,後半はえらくゆっくりと,結局2か月くらいかかりました.読み終えたのは帰りの飛行機の中.
悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)
悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)
僕はときどき「誠実さ」という言葉を便利ワードとして使ってしまいがちなのですが,この本について述べようとする今このときにも,一番最初に頭に浮かぶのはその言葉です.この本はべつに思想書でも学術書でもなくてたんなる紀行文なのですが,だからこそ持ちうるその「誠実さ」が印象深い一冊(じゃねえな,2冊だった.)でした.

これは,ネガティブな感情であるとか葛藤であるとかがしっかり表現されているということだけを意味するのではありません.たしかに,実際に表に出す出さないかは別として,人間ってやつはみんなネガティブな気持ちだとか汚い気持ちだとかいやらしい気持ちだとかかっこつけたい気持ちだとかをまったく持たずにいることはできないものであるはずです.しかしそれだけではなく(ここからが重要なのですが)そういういやな感情を持つと同時に,それに対する反発もやはり,さりげなく生まれちゃったりするのです.

それは葛藤と呼べるほど確固としたものではなくて,もっとかすかなもの.たくさんに分かれてのびる意識の樹の,ごく小さなさきっぽなのです.言葉によって明示してしまいなんかすれば,どうしてもバランスを崩してしまうものだから,書くことができない.

僕はそういうふうにして書かれているんだろうな,と随所随所で想像できる読み物が大好きで,大好きで,大好きなんです.だいたい僕自身がいいかげんな人間なので,昨日とおなじ価値判断を明日になってもするのかどうかなんてどうでもいいのです.ただそのときに,いったいどういった気持があったのかということこそが面白い.そこにしか,さっき言ったような芽のようなものはみえてこない.それは無限に下へ横へと伸びる意識の根っこからたった一点に,ほんの一瞬だけ収束した不器用な花のようなもので,その一瞬を過ぎればめきめきとのびる枝葉に覆われて隠されてしまう.

もしもその木をすべて記録しようとすれば*1,そこには花なんて生まれてくれなくて,そんなこと試みても結局,もずくをびちゃあと顔に投げつけられたような不快感しか残らないわけです.僕は花しか見ることができなくて,それが不安定であれば不安定であるほど,おもしろくて素敵に思えます.


そんなものを取り出して見せてくれることが,僕が「誠実だ」なんて勝手言ってることの説明になるんじゃないかと思います.だから僕はこの本を,これからまた何度でも読むことになるだろうな,と,思うのです.

*1:この欲求は僕にとってある種脅迫観念のようなものになってはいるのですが,幸いというべきか,そんなことは絶対にできっこない