魂のルフラン

日本のコンビニに並ぶ食品のすべてに彼の笑顔が貼り付けられるようになってから、いったいどれだけ経ったろう。10年?30年?分からない。もしかすると100年――いや、もっとかもしれない。来る日も来る日も、サンプル品の試食そして的確な指示。こうして日本人の食生活と味覚は大幅に改善され、川越達也サイボーグ、通称カワボーグ――誰だこの通称考えたのは――となってから、いったいどれだけ経ったろう。彼にはもう、季節が夏なのか冬なのかも分からない。コンビニでかつて自分だった者の笑顔が溢れかえる、そんな今やありふれた光景を彼が目の当たりにすることも絶えてなくなった、ある日のこと。

いつものように身体にオイルを注入し、朝の仕事にとりかかろうと某社から届いたサンプル品のダンボールを開く。いつもと変わらぬルーチンワーク。そう、ルーチンワークのはずだった。それなのに――ダンボールに入ったペットボトルを取り出す間もなく、襲いかかる違和感。黄色い液体。なんだこれは?もしかして、もしかして――

そう。それは、紛れもなく、尿であった。


「レイのおしっこ!」と書かれたそのパッケージには青いショートカットで顔色の悪い女性の絵が描かれており、吹き出しには「私を飲んでも代わりはいるもの」の言葉。これまで数え切れないほどの食品・飲料を試してきたカワボーグにとっても、これははじめての挑戦であった。綾波かよ。

彼の中で絶えて久しい、熱いなにか、もう忘れてしまったなにかが、再び滾るのを感じる。――とはいえ、彼もプロである。「僕にできることは、目の前にある仕事をこなすこと、それだけだ」。そう独り言ちてペットボトルを開け、口に含んでみる。芳醇な香り、まろやかな舌触り。一瞬のうちに異世界に惹き込まれる――社運を賭けた、紛うことなき傑作。

「合格だ」

このまま彼の笑顔を貼り付けて売り出すだけで、瞬く間に日本を席巻することは火を見るよりも明らかであった。しかし。

「そう、合格だ。これが単なるおしっこならば、な」

そう、これはあくまで「レイのおしっこ」。背後に鎮座する1/1 綾波レイのフィギュア、それは彼がサイボーグになり、人間らしい生活を捨て、部屋がいくらダンボールに占拠されようとも捨てることのできなかった、彼がかつて人間であったことの唯一の証であった。抑えきれない「感情」の渦。


もっとクドく。悲しみの色を湛えていなければならない。おしっこ、レイのおしっこ。彼は自らの想像の翼が羽ばたいてゆくのを感じる。想像力。幼いころ草原でした小便、還らねばならぬ、サイボーグとして生まれる前の自分に、君(レイ)と僕とが過ごした大地へと、僕は人形じゃない。


奇跡は、起こる。

お詫び

握力さん(id:wonder88 / @akuryoku)、および皆様へ
さて、本日はお詫び申し上げねばならないことがあります。昼間に僕はこんなことを言いました。

ところで、出版されてるとかそういうのでもなんでもない、それでも震えるほど面白い文章ってのをインターネットで読んだことのない人は、やっぱり不幸だと思う。探せばあるよ。すぐに見つかるとは言えないけれど。
http://twitter.com/#!/murashit/status/104080892514938880

これについて、握力さんからこのようなご意見をいただきました。

@murashit 幸福とか不幸っていうのは他人が決める事ではないということと murashita くんは僕に面白インターネットへ高められた期待をがっかりさせ萎えさせた罪を償うという意味でトップページに謝罪文を掲載すべきではないでしょうか。一方ロシアは鉛筆を使った
http://twitter.com/#!/akuryoku/status/104087431992717312

後半は僕が握力さんに面白インターネットを紹介しなかったことに対する批判でありますが(これについては割愛します。あと、ロシアの鉛筆についてはよく分かりません)、それはともかく、問題は前半です。

その通りですね。そもそも誰かが不幸か否かなんて、僕が決めつけられることではありません。責められるべき軽率さであり、不快に感じた方もいらっしゃったはずです。その点についてまず謝罪いたします。

そしてさらに不本意であったのは、このような物言いが、僕が好きな人、面白いと思う人、街でインターネットで見かける見ず知らずの(僕がきっと好きになれる)方々の生き方まで侮辱してしまうような、自分自身の信念とも矛盾するような言葉になっていたことにさえ、気づいていなかったということです。これは何よりも自分に対して残念でなりません。

いずれにせよ、単純に「面白いものがあるはずだから、探してみてほしい」と伝えたかっただけなのに、勢い余って修辞を暴走させた僕に全ての責任があります。この話法は単純に間違っており(明かにマイナスにはならんだろう)、だからこそ以前から警戒していたはずだったのに、自分自身が軽率にもそれを使ってしまったのです。今後はこのようなことが起こらないよう、細心の注意を払ってtwitterをしていきたいと考えております。

握力さんをはじめとした皆様、たいへん申し訳ございませんでした。

宇宙賃貸サルガッ荘 - TAGRO

夏ですね!すべては地球のメカニズムから!(この文言、一月前に書いたものなんですが、意味が分かりませんね)今日はTAGRO先生のこの漫画。


宇宙賃貸サルガッ荘(1) (KCデラックス)宇宙賃貸サルガッ荘(2) (KCデラックス)宇宙賃貸サルガッ荘(3) (KCデラックス)宇宙賃貸サルガッ荘(4)<完> (KCデラックス)


タイトルからしてスペオペ×めぞん一刻なんだなと分かってもらえるとは思いますが、うん、そんなに間違ってない。最初のほうのあらすじくらい、ちょっと説明してみてもいいですよね、というかそこはWikipediaから持ってくるのが経済的なので以下引用します。

主人公テルは汎銀河軍の宇宙戦闘機パイロットだったが、都市伝説と思われていた一度入ったら二度と出られないサルガッソー(宇宙船の墓場)に遭難し、魔女と名乗るメウに助けられる。メウと「テルの曽祖父」の過去の証言を総合すると、「テルの曽祖父(=アル)」は一度はサルガッソーに遭難するも、自力で元の宇宙に戻れたということが分かり、テルのサルガッソー脱出計画が始まる。

分かりやすいあらすじだ。僕にはこんなに分かりやすいあらすじを書く自信がない。それはそうと、ともかくそういう感じで話がはじまります。そのサルガッソーにあったのが、安普請なアパート、沙流我荘(「さるがそう」と読みましょう)、という。ほら、スペオペ×めぞん一刻やん。アパートものだとなんでもめぞん一刻に見えるし、今回これを書くために久々にめぞん一刻読み直しました。……そう、だから、当然宇宙人情活劇になる。管理人さんは過去の男のこと見てる。ただ主人公は管理人さんを最初からは好きじゃないってところは違うのだけど。


個人的に何が嬉しいって、ちゃらんぽらんな中にも足腰のしっかりしたSF設定が見え隠れして、ああこの人そういうの好きなんだなってのがよくわかること、ツボを突いてくることなんですが、まあそれはいいです。それはいいですと言いつつもいちおう説明すると、そもそも汎銀河軍の兵士が主人公だしその戦闘機にはAIが積まれてて人格さえ持ちはじめるしマッドサイエンティストや奇天烈な植物が出てきたり氷塊や水産試験船や敵性生物(実はそうでもないんだけど)や故郷の社会体系についての細かな設定がさっくり説明され、活かさてるし、その他もろもろ、それだけで欲しくなる人はいるはずで、そこにふざけたように魔法が絡んでくる感じ、ピンときたら買って損はないです。すくなくとも僕はかなりグッときた。


んでまあ、基本的にはコメディです。そこでヒロインであるメウの、魔女の原罪のうちに囚われた過去と記憶を、すこしずつときほぐしてく。外伝的なところで各登場人物の過去についても明かされてく。それでも明るさを忘れない。このへんの話は『ヴォイニッチホテル』の感想*1のときにも書いたけれど、三文ドラマにしてもサイエンスフィクションにしても、ベタなものをとっぴで箱庭なドタバタのなかに落とし込んでくれる。そう考えるとラブコメの王道と言っていいのかもしれません。あ!だから僕これ好きなんだ!いまやっと分かったわ。

そういえば、かならずしもラブコメじゃないんですけど、箱庭って意味では同じTAGRO先生の『変ゼミ』もそうなんですよね。あれがただの変態生理ゼミナールだと思ったら大間違いですからね。なんだろう、「おひっこし」や「げんしけん」や「ネムルバカ」とかもそうなんだけど、大学生のあの微妙な生活観をもって僕のことをビンビンに寂しくしてくれた『変ゼミ』とおなじなんです。

妙な生活感。いやこれは全然大学生なんかじゃないんだけど、閉じた、妙な生活感。そういうものを描けているのって、実はちょっと珍しくて、でもそれは、普遍的なことのはず。みんなだってそのなかに、おかしみがあって、救いもあるんですよ。


やっぱ俺も箱庭的ラブコメ世界に生まれ落ちたかったわァ!!

*1:d:id:murashit:20101124#1290597141

それはボーイズラブなのか

今日は宣伝です。ボーイズラブ小説を書きました。

とりあえず以下が告知サイトであります。本年8月21日に東京ビッグサイトで開催されるコミティア97、V25a "アングラバンビ" で買えます。普通の男子にBL書かせてみたアンソロジー、略して普男子BLです。タイトルでだいたいのことは分かってもらえると思います。
http://undergroundbanbi.web.fc2.com/
綺麗なサイトやな!


どんな内容になっているかまだ分かりませんので(すげえ楽しみだ)自分の書いたものに依って宣伝するしかないのですが。

『べつにね、当たり前のことなんだと思うんですよ。そりゃ嬉しいし。嬉しいから、そいつには恋愛感情とかじゃなくてね、好意を持つ。当たり前のことですよね。でも、僕にはそれ、あいつだけだったんですよ』

およそ5000字のごく短いもの、小説と呼べるものなのかどうかちょと微妙というか、フィクションなのかノンフィクションなのか分からなすぎる体験談というか、そこんところ自分でさえよく分からないんですが、先日書いた『アレクサンドリア四重奏』の感想*1を読んでいただければ、だいたいこういうことを大人になった僕が飲み会の喋りで全力で再現しようとしたものになっていることが……分かるわけねえよな!こういうことを僕の口から言うのはすごいアレなんですが、声に出して読んでいただければと思います。僕は全力で喋りながら書きました。物語ではありませんから、主張に無駄は一切ありません。よろしくお願いいたします。


ちなみに通販もするみたいよ。

*1:d:id:murashit:20110809#1312912762

ハックルベリーに会いに行け

よろしい、はてなから撤退すべきブロガーに彼は数えられない、私は確実に、確実に、彼から更新を行う勇気を得た、そのことを隠しだてするつもりはない、だから僕ははっきり言葉にすべきだと思った、それこそが彼の、あのエントリの反証になるであろう。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

ガツンと言ってやるよ。『小説の読み方の教科書』、そこにあるべき第一の言葉は、「言葉では伝えられないこと」とは「著者にとって都合のいい補完」ではない。それが結論だ。いいでしょう、いいでしょう、私は読みました、読みましたよ*1。だから言ってやらなきゃならない、賛成も反対もしないのならば、それは「都合よく補完」、そうだ、賛成だと、補完してやればいいって、そう言っちゃう欺瞞を、はっきり指摘せねばならない。ハッハーン、そうか、あなたはあれだけ「ハックルベリイ・フィン」を読んで、そうか、そうか、そうか、僕はちょっと怒っています、怒るべきだと思う、あれだけ読んで、そういう結論に達してしまったと?ハックは神様についてのあの言葉たちを、語った者にとっての都合良い形で解釈したのか?ちがうだろう、地獄へ行くと分かってあいつは、俺たちの兄弟は、ジムを逃がしたんだろう?それを信じるってのはな、違うんだよ、きちんと自分で考えた上でな、選びとるんだよ、恥だって地獄だって覚悟してな。それは養育者たちの語った神様にとって都合のいい解釈だったか?違うだろう。あれは決してキリストとの完全な訣別を語ったものではない、むしろそこに通底すべき、本質を抉り取ったんだ、だから、だからアメリカ文学なんだろう?

もう一度言おう、「言葉では伝えられないこと」とは、「著者にとって都合のいい補完」ではないんだ。それは、けっして。そこまで言うのならば、評すべきとき、それは須くバックグラウンドを知っていなければならないと言い切ってしまったほうが何倍も誠実だ。僕はかつて、あなたがドラッカーに出会ったときの「救い」を知った、インタビュー読んだからね☆、だけどな、だけどな、ちがうんだよ、それをマジョリティに求めるのは間違っている。そんな物好きがどこにいる?ダブルミリオンを達成した上でそれさえ伝わる層がどこにいる?ああ、分かったよ、僕はそれを理解した、ただ、それはマジョリティではない。分かれよそれくらい。すべての物語者たちが苦闘しているまさにその決戦場において、そんなことを言うだなんて、ああ、馬鹿にしやがって。それを正しく伝えたいのなら、込めろよ、それこそが啓示であったと、まさに問題になっているその箇所に、どんな形でもいい、書けよ。

ハハッ、書かないほうがいいだって?だったらマネージャーは死なない。だったら殺せよ、あのテレビアニメを。そうじゃないか?残念ですね、読みとってくれたマジョリティは、あれを、マネージャーが死ぬ話だと思っていますよ。しかも話の都合で死ぬ、とね。そういう世の中なんですね。生きづらいですね、とくにあなたや私にとっては。生きづらい世の中ですね。誰もあなたや私のことなんて気にしていません、孤独なんですよ。それさえも聞こえのいい言葉。そうだ、そうだよ、想像力に、これでも目が覚めませんか?だとすれば、あなたはほんとうに、ハックルベリーに、今すぐにでも、会いに行ったほうがいい。最後にトムが登場したあのときの気持ちを、もういちど確認し対比すべきだ。それを見分けられないならば、エースの系譜も絶えたも同然ではないか?それが小説の読み方ではないか?言葉では伝えられないことを、ほんとうに伝えたいと思うなら。磨け、真摯になれ、精神論でいい、もういいです、それしかあなたに伝える方法はないから。

パシューと音がして、僕の情熱は消失した。

*1:d:id:murashit:20110102#1293982953