『文体の舵をとれ』練習問題(5)「簡潔性」

一段落から一ページ(四〇〇〜七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。

要点は情景(シーン)や動き(アクション)のあざやかな描写を、動詞・名詞・代名詞・助詞だけを用いて行うことだ。

時間表現の副詞(〈それから〉〈次に〉〈あとで〉など)は、必要なら用いてよいが、節約するべし。簡素につとめよ。

「プレイボール!」の声におれたちは土を蹴りだす、先導するのは「職人」マクソン。向こうのベンチからも九人、トップを切るのは「迅雷」スタージェス——打率は三割四分九厘。

 二十五秒後に会敵。マクソンには三人が付く。おれには一人、スタージェスだ。監督はいつまでマクソン任せにするつもりなんだ——来月には孫が生まれるんだぞ。今日こそ次世代のエースとして認められ、マクソンには隠居してもらう。だからおれはスタージェスと向き合う。右手には、今日のためにと娘のエバが掘り当ててくれたビンテージのメープル製。迅雷といえど、この体勢なら五分と五分だ。先制攻撃——スタージェスのボールめがけ、縮まった耳をめがけ、右斜め上方から片手で振り抜く。

 だが、おれが叩いたのは球場だった。「ストライク!」の声。右手に痺れ——復帰まで〇・二秒。スタージェスはその隙をつき、両手持ちに振り被る。大振りが当たるとでも思ったか——おれは右腕を残し、後方に跳ねる。「ストライク!」の声が——いや——スタージェスは振り抜いては——翻ったバットがおれの顎をめがけて迫る。

 衝撃。

——おれの身体はどこだ。「ホームラン!」と球審——頬には芝が刺さり——「迅雷」がホームベースへと歩きだす——バットを放り投げ——おれはそれを目で追う——晴天に太陽——見知らぬ男たち——おれに微笑む——あれは、タイ・カッブだ。それから、ベーブ・ルースロバート・ジョンソンジャッキー・ロビンソンもいる。核戦争前の、本物の球界の偉人たち。ハンク・アーロンカニエ・ウェスト。親父から聞かされた。ノーラン・ライアンロバート・オッペンハイマー。野球の殿堂へと。ショウヘイ・オータニ。ジェイ・ギャツビー。ジョー・ディマジオロバート・マクナマラランディ・ジョンソン。おれを迎えに来る。