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錯乱のニューヨーク - レム・コールハース

昔メモしていた短い感想をちょっとずつ膨らませてて残していこうと思う。今回は20世紀の最重要建築書の一つとさえ言われる「錯乱のニューヨーク」。
錯乱のニューヨーク (ちくま学芸文庫)
レム・コールハースという建築家を知っている人は少なくないんじゃないだろうか。モダニズム以降の建築というものにすこしでも興味がある人なら誰でも知っているような有名人だ。わりと最近のことではあるが、プリツカー賞もしっかりもらっている。
そのコールハースなのだが、ちょっと変わった経歴の持ち主である。オランダに生まれ、少年期のうちの数年をインドネシアで過ごし、ジャーナリスト及びシナリオライターを経てロンドンのAAスクールに入学(これが24歳のとき)、そして建築家に、という妙な経歴の持ち主。 この「錯乱のニューヨーク」を書いた当時(34歳)彼にはまだほとんど実作がなく、その出世作こそが他でもないこの著作だった。

そんな「錯乱のニューヨーク」には、どんなことが書かれているのか。


そこで我々が目にするのは、今や熟年期に入ったとも言えるニューヨークという都市が、若くみずみずしい(そしてもちろん、その反面には歪んだ陰のある)活気に満ちていた時代の記録である。
シナリオライターでもあったコールハースによる、まるで意思を持つかのように変化していく都市の物語。誰もがニューヨークを支配していると思い込んでいるが、本当のところ彼らはニューヨークという都市の無意識に支配されている。その結果としてのなりふりかまわぬダイナミズム*1を、皮肉を交えつつも肯定している。

そしてその無意識が、意識されてしまった現在。

コールハースはニューヨークという都市の伝記作家になることで、そこに住む人々*2が直面する都市特有の問題(誰もがそれを知り頭で考えてはいるが、それに対する感覚は完全に麻痺してしまっている)をおそらくは意図的に無視し、無邪気にそのダイナミズムに否定を突きつけあるいは逃げようとすることの無意味さを浮き彫りにする。


コールハースは都市というものに本当に目を向けることがどういうことかを僕に教えてくれたように思う。

*1:と言ってもこの一言に集約してしまうのはかなり無理があるのかもしれん

*2:そしてそれに続く世界中の都市住民