読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

140字以上のことはここに書きます

僕がこれまで目にし耳にしてきたお話の設定のなかでいちばんおもしろくてすばらしいと思ったもののひとつに、コンドームが貨幣になった世界でアスカとシンジがセックスするっていうのがあって、それは同人誌のためにそういうお話をつくりましたコミケに来て買ってくださいというブログのエントリなんだけども、僕はその同人誌を持っていないから、それが使用済みコンドームに限るものなのかそうでないのかあまり自信がないし、でもわざわざセックスするんだからたぶん使用済みなんだろうけど、でもコンドームがなにか希少資源という設定ならそうでなくてもよいのだろうと思うのだけど、それだとセックスしたらもったいない、いや、だからこそセックスすることのうしろめたさが増すものなのかもしれず、とはいえやはり順当に考えれば使用済みコンドームだってことにしたほうが僕としてはなんていうか、その、嬉しいし、そのためにセックスしまくるといいなと思うけど、はたしてほんとうにセックスしまくるのかわりとそうでもないのか、とにかくそんなこともよく知らないまま、それでもそれを目にしてからまだ3年程度しか経っていないのだけど。たぶんこのブログをわざわざ見にくる人のなかにはあああれのことかとピンとくる人さらにはそれをお持ちの方もいらっしゃるでしょうからこんどこっそり教えてほしいなと思うわけですが、

通勤電車で揉まれながら携帯電話を眺めながら気がついた。自分は他人の文体をどうにか真似したいだけでここまで生きてきたのだった。これは比喩ではなくてほんとうに文字通りの「文体」であって、そのほかの表層的ななにものかではない。あのブロガーの文章をはてなブックマークから漁ってきてはこんなふうに真似られるのではないか、いつだったか感銘を受けた本を開いて裏返しにしてまた開いてこんなふうに真似られるのではないか、自分がものを書くときはいつも(ほんとうにいつも、例外なく)そうしてきたのだけど、ごくあたりまえの結果として、目の前にある通りの面白いものにはどうやったってなれなかった。 それはそうだろう、そうやって読んでいる文章につぐ文章がなんのためにそんななりをしているのかといえば、なにかそれを媒介とせねばならない、そういったすがたかたちの媒介でしか表出できなかったふかい考えのようなものがあるからで、かたや自分にはそんなものひとかけらもなかったのだから。 けっきょくのところ、媒介されるものが好きだったからこそその媒介者に感じ入っていたのだということから、ずいぶんとがんばって目を背けようとしていたらしい。

——そうやってな、俺はインターネット有名人になりたかったわけよ。ほんとは。

隣では親子とその祖母三代で誕生日パーティー。ここ、和民なのに。

——「あー誰か『これムラシットさんのブログのトップ画像にって思って……』ってしてくんないかなー」とか言ってたよね。

——彩りカルパッチョの盛り合わせでございます。

——それだって俺のオリジナルな欲望じゃないわけ。

——あーちょっと待ってブログにアップする写真撮るから。

——そうなんだよなー、それだってオリジナルじゃないんだよなー。……なんもないよ俺には。

厨房までわざわざやってきて怒鳴る婆さんの声がうしろのほうから聞こえてくる。