ゼロ年代日本SFベスト集成 S/F

日本短編SFアンソロジーの紹介、そういえばぜんぜんやってませんでした。せっかくなのでつい最近読んだこの二冊について書いてみたいと思います。こないだ(つっても5ヶ月前か!)紹介した『ゼロ年代SF傑作選』*1がいわゆる「リアル・フィクション」ものをとりあげていたのに対して、こちらはSFオールジャンル、どころかそもそもSFなのかどうか人によって意見の分かれそうなものまで入っています。さすがに10年という期間から選ばれただけあって全体のレベルがたかい!……というわけで、そのなかでも特に気に入ったものについてごく簡単な感想というか、メモを残しておきます。

S: ぼくの、マシン

ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S> (創元SF文庫)

田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」

タイトル通りの短編なのでほとんど何も言うことがないのですが、とにかくゲロのことだけでここまで書けてしまうのがすごいというか、嘔吐には一家言ある僕としては嫉妬さえしてしまうよ!……とにかく馬鹿馬鹿しくて単純に下品。うらやましい。

上田早夕里「魚舟・獣舟」

ひとことで言ってしまえば、遺伝子操作によって生まれた異形の海洋哺乳類の話。ものすごく評判がいいのでどんなものかと読んでみたら、噂に違わないすばらしい短編でした。文章はすこし固めなのだけれど、そのおかげでハードなSF的背景とリリシズムとを高次元で融合させることに成功していると思う。これがたった15000字程度で達成されていることにもおどろきました。今回いちばんのおすすめ。

飛浩隆ラギッド・ガール」

バーチャル・リアリティや計算機上の生命といったことをテーマとするSFは必然的に人間の意識だったり自由意志だったりの形而上学的な問題を投げ掛けるもので、もちろん今回のこの集成にもそういったテーマの短編がいくつか入っています。ただ、なかでもやはり、この作品が群を抜いてそうして問題に切り込んでいるように思いました。この次に手に取る本を『グラン・ヴァカンス』にしようと決めました(積んでた…)。

F: 逃げゆく物語の話

逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成<F> (創元SF文庫)

石黒達昌「冬至草」

鼻行類」にも似た、生物学SFというべきか、「冬至草」なる絶滅した(架空の)植物の正体を追う記録。冬至草の正体、そしてそれを発見し研究した人物の姿(狂気?)が、徐々にあきらかになっていく様にただならぬリアリティを感じる。冬至草の記録が残されたのが戦中・戦後であるという設定も効いていて、そういう意味でも多層的に読むことができる作品ではないでしょうか。

牧野修「逃げゆく物語の話」

紹介文に「華氏451度」を、消される書物(物語)の側から描く云々と書いてあり、どうやってそんなことを……と不思議におもった。実際に読んでみて、なるほどそういうことかと思いつつも、ちょっと無理があるよなあなどと穿った態度をとっていたのですが、ラストシーンの美しさにすっかりやられてしまいました。物語そのものが主人公だからこそのあの結末。

……って、書いてみたらけっきょく五つだけになってしまいました。ほかにも、小川一水円城塔*2伊藤計劃神林長平冲方丁津原泰水といった人気SF作家たちの作品から、上遠野浩平桜庭一樹恩田陸乙一といった非SF作家*3の短編まで、なかなか豪華な内容です。読んだことない人も何人か入っていたため、今後の読書の羅針盤にもなってくれる、お得な二冊となっていました。最近日本のSFが盛り上がりが気になるそこのあなたにも、もちろんおすすめ。巻末の年表も重宝すること間違いなしだぜ。

*1:d:id:murashit:20100613#1276454606

*2:ちなみに今回載ってたのはSREからの一編。まだ読んでない?こんなエントリ読んでる暇あったらすぐ買ってください!!……ちなみにおれの感想はこれだ!!→d:id:murashit:20081220#1229782882

*3:僕にとって上遠野さんはやはりはブギーポップの人なのだ。