文学フリマのSF島その他の告知

『The Poetics of Science Fiction』を読むプロジェクトはタクティクスオウガのリメイクが出たことで完全に停止していますが、それはともかくとして告知になります。

11月20日開催の文学フリマ東京35にて、例年どおり ねじれ双角錐群 の同人誌が出ます。例年どおり私も参加しています。ブースは G-10。いつも通りのSF島、おもしろそうなサークルがほかにもありますから、いらっしゃる方はぜひお立ち寄りください。

告知サイトはこちら:故障かなと思ったら - ねじれ双角錐群

毎回なんらかのテーマを設け、群員が競って小説(小説じゃないこともある)を書くのがねじれ双角錐群のスタイル。書名からも明らかなとおり、今回のテーマは 「取扱説明書」 です。以下、ざっくり紹介していきましょう。

🌳森/The Forest - 石井僚一

ある一人の男が、学生時代に恋人と訪れた森を、大人になって再び訪れる。レイ・ブラッドベリの名作短編「みずうみ」をもとに書かれた抒情SF。

ベースになっている「みずうみ」を読んだことがあるなら、あの文章のきれいさ、そしてあのふしぎさを思い出してください。湖という、あの魔法のような空間! あれが、ここにもあります。どんなふうに「もとに書かれている」のかはぜひ読んで確かめていただければというところですが、湖が森に転じたうえで物語の舵がこう切られるのかと、きっと感嘆されるであろうと請け合いましょう。もちろん「みずうみ」を読んでいなくともそれはまた静かでうれしい読書体験となるはず。

🦾取説ばあさん - 小林貫

「おぉ……旦那様。説明書を、おお……説明書をお持ちではありませぬか」 極彩色のネオンと喧噪、眠らないサイバーシティで取説ばあさんに遭遇したおれは、踏み入ってはならないとわかっていながらも、その妖しさに魅かれていく。

「取説ばあさん」ってなんだって思いますよね。思うはずです。思いましたね? マジでなんなんだよ。サイバーパンクないつかの未来のストリートにだって、ときには都市伝説的な怪異が立ち現れるものなのかもしれません。そして、ストリートにも怪異にも共通した掟があります。好奇心は猫をも殺すってやつです。でもまあ、近付いちゃうものです。デカいヤマがあるかもしれねえからな。そういう意味で文体からガジェットから、そして生き様までしっかりサイバーパンクなんですよね。ただ、それにしたって取説ばあさんってなんなんだよ。

🦶私の自由な選択として - 笹幡みなみ

足の裏の特定の反射区を刺激することは、自由意志信念の強化に繋がり(Coolidge, 2035)、特定の気分障害に対して有効とされる(Coolidge et al., 2038)。本文書はこれらの研究を概説し、彼女の選択を伝える。

これも「反射療法で自由意志信念が高まる」というところからしておもろいでしょ。しかも実際に読みはじめていただくとわかるとおり、いかにももっともらしい雰囲気を出す解説のスタイルがすげーうまい。……のですが、もちろんそれだけなはずもない。読んでいくうちに一段二段と発想がエスカレートしていくさまはもはや爽快というか、SFを読むときの醍醐味のひとつはこれを感じるところにあるよねと、自分なんかは思っちゃいました。それはそれとして止まったエレベーターに乗り合わせたからといって足を揉むのはやめたほうがいい。

🐈故障とは言うまいね? - Garanhead

「マニュアリストロ」。それは国の認証を受けた、良質な説明書を作成する者たち。彼らの手がけた説明書なくして工業製品の出荷や流通が成り立たなくなった未来。心が故障した少年と、体が故障した少女。二人の最年少マニュアリストロたちが出会う時、過去と未来を繋ぐ因縁尽のマニュアルが綴られる。

これもまた「説明書作成についての国家資格」ってなんだよっていう、掴みがいいやつなんですよね……三連続でおもしろい設定が来てるな。ときには工場に乗り込み、ありはドンパチだって起こりかねない「説明書作り」の荒唐無稽さ。そしてそのうえで、自分がいちばん良いなと感じたのが、そんな無茶をしつつもいかにも楽しそうな説明書作りの様子でした。そこがほんとにいいんですよね……とかなんとか、王道なボーイミーツガールも、トラウマを負った少年の成長も、もちろんギャグも、そういったものすべてが「説明書」に集約される腕力だって見物になっている一作だと思います。

🌌直射日光の当たらない涼しい場所 - 全自動ムー大陸

「説明書」を題材にした短歌十首。

短歌、紹介するのむつかしいな! ね群の同人誌の表紙はすべて全ムーさんが担当されているのですが(最初に載せたね群サイトから辿って見ることができます)、けっこうああいう、イメージの広がりみたいなのが、今回の短歌十首にも共通しているように感じました。みなさんはどれが好きでしょうか、読んだあと、ぼくにもこっそり教えてください。

👨子供たちのための教本 - murashit

役所はわたしたちが死ぬ日を正確に知っていて、その期日を書留で通知する。民法上の子を持たない者には本人、持つ者はその子に書留を送る。わたしはある日、通知を受け取った。父は二週間後、死ぬことになっていた。

おれのや。

🧚沼妖精ベルチナ - 鴻上怜

底辺会社員の俺は部下のオッドラの教育に手を焼きつつ、人事としての業務を日々行う。そんなある日、社のデータベースがぬるぬるの粘液で覆われてしまう。忙しい情シスに代わって原因を探る俺は、地下で謎の老婆サーバやまんばと遭遇する。そしてそれとは関係なく、俺のもとへ1体の妖精が訪れる。沼妖精を名乗る少女は、行方不明の御婆を探しているらしいが――

ここまできたらもう、「ってなんだよ」が追い付かなくなってくるわけです。手数が多すぎる。紹介文からして手数が多く見えるかもしれませんが、いやこれ、紹介文はあくまで序の口ですからね。サラリーマンの悲哀に満ちたものすごい俗っぽい内容が、どこか木で鼻をくくったような(しかもほのかに教養を感じさせる)文体で書かれている……にもかかわらず、とかく毎行パンチラインが現われる。いったい何者なんだ。ともかくもね、仕事ではね、セキュリティには気をつけようね、なんだかまずいことが起きかねないからね。そんな教訓も得られました。ありがとう!

🎥閲覧者 - cydonianbanana

遮光スクリーンに覆われた窓、空調設備の定常的なノイズ、絵と本の切れ端に埋め尽くされた壁、椅子のない机、開かれたままの取扱説明書——登場人物不在、住人の輪郭を示す静物の素描で綴られた縮尺一分の一の地図をめぐる冒険がはじまる。

もはや恒例かもしれない、今回の組版やってる枠です。ほとんど静謐といっていい情景描写が展開されるなかで、ざっくり言えば「覗き込む/そこから離れる」様子がインデントで表現される仕掛けではあるのですが、それがだんだん(みんな大好き)一分の一地図とどうつながってくるのかを読み解いていくことになるうちにいつの間にやらクライマックスからの急展開……という、静と動っていう意味でも読んで楽しめるのではないでしょうか。「取扱説明書」テーマの本誌の締めにふさわしい一作だと思います。


そしてすみません、ついでになってしまって恐縮なのですが、なんの因果か『小説すばる』2022年12月号に私の書いた文章が載っています。「偏愛体質」という1ページコラムコーナーです。なんか好きなものについて書けということだったので、SKKという日本語入力システムについて書きました。好きっていうか、いつの間にか離れられない腐れ縁というか。熟練のSKKユーザーから見ればなにをいまさらな内容ではありますが、これを機に使ったことのない方にも興味を持ってもらえれば、あわよくば沈んでくもらえれば、なんだろうな、今夜のぼくの晩飯がいつもよりもっと美味しく感じられるんじゃないかな。

あとなんだっけ。最近「Do It Yourself!!」というアニメをすごくおもしろく見ているのですが、その各回タイトルが「DIYって、どー・いう・やつ?」みたいな感じなんですよね。で、今回書いたやつのタイトル(上でリンクした目次からは見られない)もそういう感じにしました。

アニメは見ましょう、ブログは書きましょう。以上です。