「鏖戦」ひとり読書会にむけて(3のその1)

最初にも言ったとおり今回はいったんベア=酒井の共作みたいなものとして読むつもり(なぜならめんどくさいから)なので踏み込まないが、ベアによる原文はそこまで「工夫」がなく、酒井訳独自の部分が多々ある1ことにはいちおう注意しておきたい。……のだけど、それでも以下で文体や語彙の選択についてところどころ触れてしまっているとおり、その「無神経さ」に意味を見出してしまえなくは……ないのかなあ……いやさすがに無理かなあ……。

ともあれ、付番は以下に準ずる。

murashit.hateblo.jp

3. p.10:いちばん幅のある莢【さや】に乗り……

  • 阿頼厨視点

  • 1文目の「いちばん幅のある莢【さや】に乗り、液体安母尼亜【あんもにあ】の薄膜上を滑走しながら、阿頼厨【あらいず】は新しい任務のことを考えていた」からしてなにがどうなってるのかぜんぜんわからない。最初に目に見える場面をお出しするのはよくあるやり方だけど、ぜんぜん役に立ってないよ!
  • とりあえず、阿頼厨って名前の思考する物理的な存在がいて、任務の授受ができる関係がどこかとあるらしいことはわかる。アンモニアの薄膜って、超低温下ってことでいいのかな(このあとの生態からいってもまあそうか)
  • ともあれ、このあと「人種【にんしゅ】なる種族が」云々という話になり、「美杜莎【めどぅーさ】」「施禰倶支【せねくし】」とかが出てくることで、ああなるほど、セネクシ側の視点なんだ、そしてこの当て字しまくりでやるんだなってことが把握できる
  • 基本的には「人類側の呼び方に漢字があてられる」みたくなっているのだろうか。メドゥーサに対するセネクシ側の呼称がある(明らかにはならないのだが)らしいので
  • このへん、語り手の地位などをどこまで気にすべきかはいまいちわからない2。本節後半でわかる阿頼厨の性格(?)を考えると、「あえて人種の言葉を借りてきてる」感を覚えてもいいところなのかもしれないが……。いずれにせよ雰囲気はよく出ていて、本書の文体の特徴として真っ先に思い浮かぶところ
  • 前節でも触れられていた種子船には、6つの胞族(つまり分岐識胞単位だと30個体。個体?)が乗り組んでいるとのこと。なんというか、「乗る」ような実体があるんだね
  • これまで原始星群の周りを93周してきたらしい。(後述の無時間期間も含め)1周あたり「人種【にんしゅ】の時間にして約百三十年」なので、1万2000年ほどということになる。人類サイドとは時間のスケールがかなり違う。もうすこしあとで述べられているが、セネクシの「一世代」は1万年ほどのようだ
  • ただそれでも、恒星進化のスケール(「恒星の王道をたどりゆく」とういのはそれが主系列星ということだろうか。この原始星群もそのように進化するものと目されているらしい)に比べればかなり短いのだが
  • 周回のうちには「劫外次元内の無時間期間」もある。よくわからんが、どっか時間の進まない別次元に寄ったりもする、と。(あとで活きてくるとはいえ、この時点では)時空間をなんかできるぞ的なハッタリだ! とりあえず技術の高度さは伝わる
  • 1周130年がどんくらいのスピード感なのかもよくわからない。どうせ「無時間期間」も含まれてるので考えてもしゃあないか(というか、そうやって誤魔化してるのかもしれないな?)
  • 彼らの任務は原始星周辺の物質の分布や組成を調査し、蔵識嚢に伝え評価すること。100世代(10進法だ!)ののちに目的が達成するらしい
  • 今が何世代目なのかよくわからないが、雰囲気からすると最初(ここにきてとりあえず93周でそろそろこの世代が終わりだよ、みたいな)なのだろうか。あとで「何千世代もかける」みたいな話が出てきることを鑑みると大詰めなのかもしれないが。それに、目的達成するころは原始星群がどうなってるころなんだろ?組成とかを評価してどうするつもりなのかも不明
  • プルーフラックス-上位者の関係と阿頼厨-蔵識嚢の関係に相似を感じられるところではある
  • 「気体の触手に分け入り」はちょっと独特な表現で、このあとすぐにわかるセネクシの生態が反映されているのかもしれない

  • 続いてセネクシの歴史についての説明。こういうのが地の文に出てくるあたり(いや、説明の都合はあるんだが)阿頼厨って理屈っぽいんやなって感じだ……
  • まず、銀河系形成初期(少なく見積もっても百億年以上前)からすでに宇宙を飛び回っていたという話。その古さはもとより、重い元素に乏しい環境で発生した生命であるというのがポイントで、「種族Ⅱの主要恒星をめぐる冷たい巨大気体惑星では、生物が進化するうえでそれほど豊富な化合物を利用できなかった」とのこと。なんというか、希薄な感じの生き物なんじゃなかろうか
  • 「種族Ⅱ」(Iもこのあと出てくる)というのは、そのまんま→のことだろう:星の種族 - Wikipedia 種族Iは比較的若く(超新星爆発などによる元素合成を経た)重い元素を多く含む恒星、Ⅱは軽い元素ばかりの恒星で古くからある
  • 造語をでっち上げるか、そうでなくとも適当な呼び方をすればいいところに見えてどうしても気になってしまう(だってわざわざ自分らに馴染みのあるほうを「Ⅱ」に置いてるんだぜ)
  • ともかく、反応もゆっくりとしているらしく「ひとつの偉業を達成するには何千世代もかかる」。このへんで恒星進化のスケールとセネクシによるその利用(?)のスケールとが噛み合ってくる
  • このへん、当時の恒星群の描写がかっこいいし、気体への見方って観点もあって良いところ。「こととて」みたいなちょっと古風な言い回しがあるのもたのしい
  • 個々の識胞の知覚は「限定されている」らしい。蔵識嚢がそれこそ脳?みたいなもんだと捉えるならそうなるな
  • 阿頼厨の診断としては「人種は、より適応力に富み、活発」。セネクシ側はこの点で劣るが、一方で知識や経験の蓄積は厚いよ、と。どう蓄積しているかはこのあとすぐ出てくる
  • 後発である種族I系恒星で生じた生命(人類もここに含まれる)のことはずっと静観していて、彼らが宇宙進出しだしたときでさえいったん撤退ししばらく閉じ込もって力を蓄えていた。のだが、そのうちセネクシたちの生存領域さえ脅かされるようになって……というのが現在の状況
  • ここの「生物学はひとり歩きし」も好き。擬人表現の使いどころがうまい
  • ひきこもっていた期間は3世代=3万年程度で、セネクシの時間感覚からするとそこまで長い期間でもないように感じる(江戸幕府鎖国より短そう)のだが、ともあれ「三万年ものあいだ」と書かれてる。人類の宇宙進出から現在までの期間が3万年であると読んでいいのかどうかは……正直まだちょっとわからない

このあと蔵識嚢の説明に移るんだけど、今日はいったんここまで。2ページしか進んでないな……。

とりあえずこのへん、特徴的な文体が披露されるほか、セネクシの時間感覚が強く出ている箇所である。促成栽培されているらしい人類との対比がありつつ、とはいえ蔵識嚢との関係や目的の不明瞭さには人類との類似も見てとれてしまう。

気にしすぎるとよくないと思いつつどうしてもところどころの表現が怪しく見えてしまうんだが……このへんは脚注でも触れた第4セクション末でまた問題にしたいところ。


  1. このへん参照/当初「どこで読めるんだろう」としていましたが、コメントで教えていただいたとおり大森『新編 SF翻訳講座』で読めます。読めました。ありがとうございます!
  2. それこそ酒井による語彙や文体の選択が絡むところだし。たとえば本作全体にマンデイトの記録ですよみたいな見立てはできなくもないはずなのだが、そこを掘り下げるような話ではないのでは、とか。それでも第4セクション末(p.25)の「なんと残酷な時、なんと残酷な葛藤だろう──。」なんて価値判断が強く出た表現などを見ていると、完全に捨て置けるのかどうかよくわからない。