『The Poetics of Science Fiction』第6章のメモ

第5章「Centrepoint: Retrospective/Prospective」は章題どおりインターミッションというか、ここまでの内容の中で折に触れて言われてたことを改めて確認するみたいな趣きの章だった1ため割愛し、今回は第6章について。

承前: murashit.hateblo.jp

ざっくりまとめ:

  • 本章の目的
    • SFにおける新語(造語)について、その手法の分類や、他ジャンル/サブジャンル間の違いや効果について見ていく
  • おおまかな流れ
    • 「SFといえば新語」みたいなイメージはあるけれど、実際のところほかのジャンルとどんなふうに違うんだろうか
    • それを考えるために、新語をつくるための方法をカテゴライズしてみよう
    • SFは他ジャンルと比べて造語法の幅が広いよ。また、属するサブジャンルによって特徴が異なっているっぽいよ
    • 言葉ってのは現実の切り取り方だよみたいな(よくある)話
  • 感想とか疑問点とか
    • 分類やその用語については言語学的に確立したものなのか本書独自のものなのかちょっとよくわからなかった……が、大きく外してはいないんだろうと思う
      • そうは言っても自分に言語学の素養がないためおかしなまとめかたになってしまっている箇所があるかもしれない
      • ごく簡単な総説としては手元にあった『新英和大辞典』(の入った物書堂の辞書アプリ)の付録の「語源解説」を読んだり、あるいは例のごとく英語史ブログも参考にしたりした
    • 分類とその事例みたいな具体的な話はやはりおもしろいが、当然英語ベースの紹介なのでなんとなく隔靴掻痒感がある
      • 言われてみればたしかにこういう手管が使われてるな〜みたいなおもしろさがあった
      • ただ実際のところ境目がけっこう曖昧だったりもして、細かい分類にこだわる必要はなさそう
      • なお、日本語の場合は翻訳という事情もあり、その視点込みで掘り下げるのはたぶんきっとすごくおもしろいんじゃないだろうか
    • 終盤がちょっと読みとり切れなくて、かなりふわっとしたまとめ方になってしまった!!!!!
    • なぜかル=グィン作品からの例示が目立っていた気がする。ある程度知ってるのがそれしかなかったせいかもしれないが……

6. Micrological: New Words

6.1 Preview

SFがまるでありそうもない新たな世界をもっともらしく見せる秘密はどこにあるのだろうか。その一端は新語にある……みたいな導入で、本章ではSFにおける新語について見ていく(次章の見出しとあわせてみれば明らかなとおり、wordsとworldsをかけてるんですね!)。

6.2 New words in science fiction

新語は初心者をびびらせがち。慣れていないと、なんだか疎外 alienateされているように感じるものだ。とはいえそもそもSFというのは読者にある種の疎外を感じさせるようなジャンルではある(例のスーヴィンの認識的疎外の話だろうか。第8章も参照とのこと)。

なんなら新語というのはSFのパロディをしようとするなら真っ先に出てくる特徴であって……ということで、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の無限不可能性ドライブが発明された経緯の部分(第10章ほとんど丸まま)が引用され、無粋にも! そのジョークの手管が解説されている。たとえば「バンブルウィーニイ第五十七番亜中間子頭脳 Bambleweeny 57 Sub-Meson Brain」について、ナンバリング付きかつラテン語(中間子=meson)の響きのあるいかにも「科学」っぽいネーミングにbamboozle/weenyみたいな俗っぽい語を組み合わせることで品を下げて……などなど。俗っぽさによってパロディであることを明示するような部分はともかく、新語によるそれっぽさの演出ってのはこういう感じ。

とまれかくまれ、想像を喚起するためにことばの持つ参照の力(?)referential powerがなにかと活用されるものだけれど、ことSFにおいては、なんだかクレバーで先進的でテクニカルな事象のあることを示すために新語を象徴的に使うことなどがその一例だよ、みたいな。このへんも「もっともらしさ」の演出の話である。


さて、SFには新しい事象、そしてそのための名前がどんどん出てくるように見えるかもしれないが、量的に考えれば実はそうでもない。ハードSFな小説に出てくる新語が片手で数えられるくらいであってもおかしくない。そもそもたんに読者の知らない語彙ということであれば、メインストリーム文学にだって登場人物名や地名などとして現れる。したがって、どのような傾向の新語があるかをもっと見ていく必要があろう。

……ということで、本章これ以降ではその分類をやってみる。

6.3 Neologisms and neosemes

ひとくちに「新しい」といっても、語のかたちからして新しい場合と、既存の語に新しい意味を与える/既存の語の意味を変化させる場合があり、これらを区別する必要がある。本書では前者をneologisms、後者をneosemesと呼ぶ。「造語」と「意味変化」といったところか。

メインはneologismのほうなので、本節では先にざっとneosemesのほうを概観しておく。neosemyは歴史的/日常的に起こっていることであり、下記のように細分化できる(だいたい文字面通りの話なので、ここではrecontextualisationを除き詳細を省く)。

  • Broadening
  • Narrowing
  • Metaphor
  • Metonymy
  • Synecdoche
  • Hyperbole
  • Litotes
  • Quality Shifts
  • Recontextualisation

さて、再文脈化 Recontextualisationについて。これは作品世界の特殊さが単語の意味に影響するようなケースで、べつの現実を扱うSFというジャンルにおいてはこの種のneosemyが重要である。

ここでは一例として「妊娠する pregnant」が挙げられている。この語はわれわれの世界では女性性と結び付けられており、「王様が妊娠した」等と男性性と結び付けられたばあいそれは意味論的におかしいと判断される。一方で、ル=グィン『闇の左手』の描くゲセン/惑星〈冬〉においてはそうではない2

このように、馴染みのある言葉でさえ別の世界で再文脈化されまったく別の意味を持つのはいかにもSFの特色である、と。

6.4 Types of neologism

で、本丸であるneologismの分類へ。おおまかには次のように分類されている。こちらもなんとなく想像できるところだが、ともかく本節ではこれらを細かく見ていく。

  • Creation
  • Borrowing
  • Derivation
  • Compounding
  • Shortening
  • Inflectional extensions

なお、必ずしも「語ひとつにつきひとつの分類が対応する」というわけではないことに注意。たとえば、(ふたたびル=グィン作品から)『所有せざる人々』や「革命前夜」に登場するOdonism(オドー主義)であれば、これはまずOdo(オドー)という人名がcreateされたうえで、それにismを付けるというderivationを経ているということになる3


というわけでまずは創造 creationについて。これはゼロから新たな語を作り出すケースで、それこそ「ゲセン」のような固有名詞が大半である(固有名詞ではないものとしてはたとえばディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に出てくるkippleなど)。

ただ、「完全に無から」といってよいかは微妙なところではある。ほとんどの場合英語(その作品が記述されている言語)で発音できるつづりであろうし、語感などなどの面で既存の語とのつながりを意図している/読み取ってしまうだろうから。やや関連して、パルプSFで見られた子音字の連続による異星人の発音の表現についてもちょっと触れられているが、ここでは割愛(「新語の」の範疇かというとちょっと違うし)4


続いて借用 borrowing。これはラテン語ギリシャ語、あるいはそのほかの外来語を英語化するようなケース。SFにおいては(もちろん実際にはそうではないとしても)「異星や他惑星の言語から借りてきた」という建前をとることもある。例の一つとしてまたもやル=グィン作品から今度は「アンシブル」が挙げられてる。そこまで含めてしまうとcreationとの境目が曖昧になる気はする5

借用は適応の度合いに従って以下のように細分類できる。

  • 発音が元の言語から変わらないケース
    • SolやLunaの適応と対比しつつTerraが例に挙げられている
  • 発音や語形は英語化するが接頭辞/接尾辞などとの結合は行われないケース
    • androidは複数形になることはあってもandroidalみたいに使われることはまれ、みたいな6
  • (より英語化され)ほかの形態素と自由に繋げられるケース
    • チャペックに端を発するrobotの使用がまさにこの代表例
    • このへんになると、われわれだと事実上英語として捉えてそう

とはいえborrowingという考え方自体、各言語が画然と区切られていることを前提としていることに注意したい。実際にはそこまではっきりとした境はないものだよ、と。

このへんは「外来語」がカタカナ表記されがちな日本語のことを考えるとけっこうおもしろいところだとは思う。黒丸ルビの話もできますね……。


続いて派生 derivation。代表的には接頭辞や接尾辞といった接辞の付加(挿入辞は英語ではあまり見かけないとされてる。ちょっとだけ例は出てるが割愛)。

接頭辞系でいえばpsychohistory(ハリ・セルダン)やらサイバーパンク7やら。接頭辞はラテン語ギリシャ語起源でありがちで、これは自然科学における習慣を反映していそう。

なお、dystopiaはちょっとおもしろい例で、utopiaのtopos部分に(utopiaがギリシャ語起源なのになぜか)英語の接頭辞を付けた形になってる。ギリシャ語ならcacatopiaとかならんとおかしいやろという。そもそもからしてutopia自体がトマス・モアの借用的造語で(じじつギリシャ語で「どこにもない-場所」で)固有名詞として使われたわけだが、それがneosemyのbroadeningが起こって理想郷ぽい場所一般を指すような使われ方をするようになって……云々8

さて、接尾辞系はそれこそ先のOdoismがそれだし、Martian=火星人(アンディ・ウィアーじゃないほう)もこの範疇。ニーヴン『時間外世界』にあるcorpsicle←popsicle←icicleの話とか9

接辞の付加だけでなく、語の形を変えず文法的機能だけを変えるのもderivationに含まれる。flat lineがto flatline(心電図が平になる=死ぬ)みたいに動詞として使われるとか、「ゼロックス」が「コピーする」を意味する動詞として使われるようなやつ。よりSFっぽい例でいえば、creditがある種の貨幣単位みたいに使われたりするのとか、ハインラインの「ウォルド」、つまり作中の人名がリモートマニピュレータ一般を指すようになったのとか。なお、このあたりneosemyとあんまり変わらんといえば変わらんことは著者自身認めている。


次は合成 compounding。細かく分ければ以下。

  • 複数の語が一語にまとまるケース
    • spaceshipみたいな名詞-名詞が多いが、名詞と動詞の組み合わせ(warp-driveとか)や動詞と形容詞の組み合わせ(doublethinkとか)などの例もある
    • 独立できる語なのか独立できない接辞なのかという違いはあるものの、次の短縮とかと組み合わさってくるとderivationとの境目が曖昧になってくる気もする。ネイティブだともうちょっと直観がはたらく、ないしはちゃんとした定義があるんだろうか
  • 複数の語としてまとまるケース
    • time machineとかがわかりやすい
    • neutron star(中性子星)みたいに、馴染みのある語と専門的な語を組み合わせるみたいな命名は自然科学でもしばしば行われている
  • phrasal circumlocution
    • ここは正直よくわかんなかったんだけど、 複数の語どころか句くらいまで拡張してるようなケース
    • レッシング『シカスタ』に出てくるという sense-of-we-feeling みたいな(たしかにたまにこういうのあるよなという)ハイフンで繋げられた語が例として挙げられている。たしかに単一の複雑な概念を表すために数語の合成じゃ済まなくなったような例ではある
    • ただ、hollow Earthとかsolar windとかBug Eye Monsterとか、あるいはブラッドベリ火星年代記』の「水晶の柱」「葡萄酒の運河」「電気蜘蛛」みたいな……新しい概念であり、比喩的だったり詩的だったりする表現を使うのがせいいっぱいであるような?ものも含められてる。たしかに単なる複合語とはちょっと毛色が違うのはわからないではないが、うーん。black holeはあちらで例に挙げられてるが、句であるみたいな縛りがないならこっちに入れてもいいんじゃないか……?

ともあれ、続いて短縮(縮約) Shortening。細かく分けると以下。

  • 省略
  • 頭字語
    • AIやFTLみたいに文字ごとに読まれる場合と、HALみたいに普通の単語みたいに読まれるものとがある。これもハイテクっぽい雰囲気が出がち
  • 逆成 back-formation
    • (意識的にせよ勘違いにせよ)ほんらい形態素の区切りにならないところで区切って取り出し、他の形態素をくっつけるやつ。「チーズバーガー」みたいな
    • ここまででもしばしば出てきたとおり、案外よく見かけるタイプ

最後に屈折 inflectional extension。ここまで出てきたような新語を活用してさらに新しい語を作る場合。たとえばハインライン異星の客』におけるgrokがgrokkingとしても使われるようなケース。また、Childhood's Endみたいなのも所有格をつけることによって意味を広げる例として挙げられている (たぶん。もしかしたら勘違いしてるかも)

実際のところこれを「新語」というべきが微妙ではあるが、網羅性のためにこのカテゴリを設けた形らしい。

なお、実験的な作品でも新しい屈折を設けることはまずないという指摘も。まあ、読めなくなるのでそりゃそうである。

6.5 Neologism and plausibility

こうした造語法がどのように用いられるかは、メインストリームとSFとで大きく異なっているように見受けられる。すなわち、メインストリーム文学での新語の大半は人名や地名などの固有名詞のcreationである一方で、SFにおいてはほかのカテゴリの新語も積極的に活用されている、といった具合。ファンタジーとかを考え合わせてもおもしろそうである。

さらにSFのサブジャンル間でも、造語法の各カテゴリの頻度や、派生や借用などにおける出自の違いなどに特徴がありそう。ハードSFよりサイバーパンクのほうが短縮がよく行われてたり、前者は(自然科学っぽさを出すために)ラテン語ギリシャ語っぽいところから引かれてる一方、後者は技術文書とかから引かれてることが多かったり……みたいな。

ともあれ、こうした新語というのはSFのもっともらしさを高めることに資している。というか、読者の予期ないしは期待と組み合わさってある種の効果をあげている。 ……ここちょっとまとめにくいな…… たとえばハードSFが読みづらいと感じられるのだとしたらそれは自然科学の用語に馴染みがないからだろう、とか、パルプSFで「イオン・ガン」みたいな新語が出てきたとき「これは細かいことは知らなくても大丈夫」って印だとわかる、とか。

6.6 Review

SFに限らず(このまとめでは割愛したが、そもそもSF由来なのかそうでないのかよくわからない……というかたぶん自然科学オリジンであろう新語もたくさん例に挙げられていたので、そのへんの話)、新しい語を作るってのは、新しいものを見つける/作り出すってのよりはむしろ、世界の新たな切り取り方を編み出すってことだよね……みたいな話でまとめられてる。現実をどう切り取るかってのが科学や技術なのだとしたら、SFもそれをやっていて、それが説得力に繋がってるんだよ……とかなんとか。

つづき: murashit.hateblo.jp


  1. またサイバーパンクポストモダンの関係の話が出てきているほか、「SFについて教える」とか「教育においてSFを題材にする」ことへの想いみたいなのがアツく語られてもいる。
  2. ゲセン人は両性具有(ないし中性)であるため。いや、両性具有というのともちょっと違うというか、細かく説明しようと思うとけっこうややこしい設定ではある。
  3. 「革命前夜」は読んだことある(『風の十二方位』所収)けど『所有せざる人々』は、すみません未読なんですよ……。「革命前夜」が前日譚でまさにオドーが主人公、『所有せざる人々』はその200年ちかく後の話なんだけど、(十二方位の前文にもあるとおり)執筆順としては『所有せざる人々』が先。ともあれ日本語訳だとただの複合語になってるので、そういう意味ではあんまいい例にならないな。
  4. そういえば(本書ではとくに触れられてないけど)『レ・コスミコミケ』の登場人物名とかはみんなマジで読めなくて言語以前な味が出てる例ではある。「プロパーなSF」として捉えられる作品ではないとはいえ、自然科学からのネタの引っ張りだけでなくあのネーミングだってSFっぽさを高める方向にはたらいてるはず。
  5. というか「ゲセン」も作中では「その惑星での呼び方」みたいな扱いじゃなかったっけ。「惑星〈冬〉」との呼び分けとか。
  6. さらに派生してのdroidって語/形態素の扱いについてはこのあと「逆成」でまた触れられる。
  7. サイバネティクス」がギリシャ語からの借用で、そこからの逆成で「サイバー」が接頭辞的に取り出されpunkに付加された感じ。ここでも逆成が出てきとる。
  8. utopia/dystopiaは便利な例ということで本章のあちこちでちょっとずつ触れられているのをここでまとめた形です。なお、ここは逆成は起こってないっぽいな。
  9. 読んだことないのだが、 https://en.m.wiktionary.org/wiki/corpsicle で引用されてるやつ。ちょっとおもしろい。なお、ここでも逆成を経ている。